ホーンテッドシェアハウス

もっぷ系

第1話 オオカミ君、家を探す

ーーー見ろよ、きみがやったんだぞ…さ、最低だ、最低で最悪なーーー……





「ふへあ(夢か)………フヴェクショッッッ」


く、口の中からカラスが……!?

いや、顔に乗っかっていたカラスが飛んでいったのか。道理でむず痒くて息苦しいと思った。

ひとの顔面で暖をとるとはユニークな鳥である。

朝露に濡れて束になったムーングレイの髪をかきあげ、しばらく横目で周囲を見渡してから最後にぐるんと上を向き、もう一度頭から草原(くさはら)に倒れ込んだ。

しばらく仰向けになって悪夢による体のだるさをやり過ごしていると、そのうちどんな夢を見たかも忘れてしまった。金色の瞳を擦りながら再びノソッと起き上がって首をゴキゴキ鳴らす。服についた草を適当に払って、傍に置いていた錆びた赤いラジオのスイッチを付けると、真上を旋回していたカラスがまた傍に寄ってきた。ラジオの音が気になるらしい。人馴れしているのか、青年を怖がる素振りは無い。青年が歩くと鴉もその横をトコトコついてきた。


『ザザ…続イテ……天気………デス……ザザ』


霜で枯れた白い草原を青年はお供の鴉を連れて歩く。右手に持ったラジオからはガビガビの音声が流れている。


『ザ、ザ…今日ハ快晴…暖カナ……トナルデシ…ウ………ザザ』


春の終わり頃にしては珍しく、曇天の空からチラチラと雪が降っている。耳が痛くなるくらい寒い。


青年「“あたたか”だと思う?」


カラスは青年の問いに首を振った。

これはラジオの天気予報が間違っている訳では無い。

今いる周辺の天候の方がおかしいのだ。

ここドレッドヴィレッジの外れにある白草原は、季節を問わずカラスとコウモリがはびこる曇天が広がり、年がら年中雪景色である。滅多に晴れることは無く、たまに降る雨はラズベリーソースの色をしている。

要するに下界の天気予報は全く当てにならない。


青年は雪で濡れたラジオをボロボロの黒いタンクトップの裾で念入りに拭いながらザクザク歩いてゆく。

しばらく進み、ずっと遠くに見えていた大きな枯れ木の近くにきた。


青年「ここが言ってた目印の木…のはずなんだけど…」


辺りを見渡しても建物は見つからない。そもそも草と木以外に何も無い。眉を八の形に下げて今日も野宿かな…と呟く。

いったい青年は村外れに位置するこの不気味な草原になんの用事できたのか。それはひとえに家探しのためである。初めての場所、初めての生活文化の中で一人暮らしをするという長年の夢を叶えに来たのだ。今のところ、一番の有力候補は“ホーンテッドシェアハウス”という家で、今日はその内見に来ているのである。といっても内見は形だけで住む意思は既に決まっていた。


『ザザ…マッチョた…そうの時間だ…皆で筋肉を育てよう!…〜♪♪♪〜』


あ、マッチョ体操始まっちゃった。内見のことはひとまず置いてルーティンをこなすか。


『ザザ…さあ皆で声を出して!いっちにーさんしー、ムッキムッキマッチョメン……ザザ』


青年は地面から飛び出た木の根の上にラジオを乗せて、奇妙な掛け声と共にマッチョ体操を踊り始めた。マッチョ体操とはボディビルのポージングで構成されし、理想のマッチョになるための体操である。青年は大人気ボディビルダー“マッチョメン”のような身体を手に入れるために、毎朝この体操を欠かさずやるのだ。


カラス「ガャァァァァ!!」

カラスは真剣な顔でポージングをとる青年が怖くて逃げ去った。




??「オイ」


後ろから声を掛けられた。なんの用事だろう。あ、道に迷った人かな。


青年「オレに話しかけてる?待って、もうすぐ終わるから」


??「気色の悪い動きを今すぐ止めろ」


青年「日課なんだよちょっと待ってろって」


『ー♪ブツッ』


青年「あ"!?壊れた!」


どこからか小石が降ってきてラジオにみごとクリーンヒットした。ラジオは音を途絶えさせてすんとも言わなくなった。

青年は怒った。人生に一度あるかないかという程の怒りだった。コレは彼にとって唯一の娯楽だったのだ。コレが壊れるということは、もうマッチョメンのコールを聴きながら体操がやれないということなのだ。


青年「オマ゛エ゛え゛!!……あ?」


振り返った先には誰もいなかった。周囲にあるものといえば、丈の短い枯れ草とあとは目の前に大きな大きな枯れ木が一本だけ。隠れられる所はないはず。であれば声の主は一体どこから小石を投げたのだろうか。


??「馬鹿め、上だ」


するとまた声が聞こえた。今度は頭上からハッキリと。


青年「降りろよ、木の上にいるんだろ!」


??「誰も居らんわ。木そのものが喋ってるからな」


青年「あー…そういうこと…」


バキバキと木の幹の中心が裂け、鋭く切れた双眼のようなものがこちらを見下ろしていた。


木「誰の許可を得てここにいる、人間のガキが」

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