【第3部〜神国編〜】第45話 天界からの脱出

 あれから数日経ったが、あの件は舎脂(シャチー)から弁財天(サラスヴァティ)に伝えられて、私の存在を知られてしまった。激怒した弁財天(サラスヴァティ)に取り押さえられ、拷問を受けて、身体を切り刻まれた。不死の力で死ぬ事が出来ず、修復しても同じ事を繰り返され、あまりの苦痛の為に泣き叫んでも許してもらえず、腹を割いて内臓を取り出されたり、腸を引き摺り出して引きちぎられた。

 梵天(ブラフマー)はあまりにも残酷な仕打ちに怒り、弁財天(サラスヴァティ)に、これ以上続けるつもりなら離婚すると訴えた。

「この女さえ現れ無ければ!」

と怒りが治まらず、身動き出来ない私の顔を何度も殴り付け、顔の左半分が潰れた。そのまま夫に殴りかかって、無抵抗の梵天(ブラフマー)は妻にいい様に殴られていた。

「この女の命だけは助けてやる。その代わり、今日中に叩き出せ!」と夫に言って立ち去った。

受けた傷は既に治っていたが、梵天(ブラフマー)が申し訳なさそうな顔をして、私の拘束を解いてくれた。

「すまない」

と言って抱きしめられ、口付けを交わして梵天(ブラフマー)と別れた。路銀(お金)を沢山貰った。罪滅ぼしなのか?手切金なのかは分からない。寝殿から追い出され、取り敢えず客桟(宿屋)に止まる事にした。場所も梵天(ブラフマー)に教えてもらった。お金はあるので、暫くここに泊まろう。私の予想では、近いうちに梵天(ブラフマー)か帝釈天(インドラ)が来るはずだ。

 客桟は古民家風の宿屋&休憩所だ。泊まる事も出来るが、利用客の多くは食事とお酒が目当てだ。

「いらっしゃい!あまりお見かけしない器量良しですな?」

「えっ?あぁ、今日まで梵天(ブラフマー)様にお仕えしていたのですが、弁財天(サラスヴァティ)様の不興(お怒り)を買ってしまって、追い出されてしまいました」

「そりゃ、お気の毒に。こんな別嬪さんなら、ヤキモチ妬かれて追い出されて、当然さね」

顔や身なりを見て何やら頷いた。

「お前さんが良ければだけど、行く所が無ければ、ここで働いてみないかい?うちもこんな美人さんが看板娘をやってくれりゃあ、繁盛するってもんよ」

「本当ですか?助かります。途方に暮れていたんですよ」

「そりゃ、こっちもあんたも運が良かった。これが縁ってもんよ」と言って、タダで住み込んで良いからと言われて小部屋を案内された。

案内された部屋は少し埃を被っていたが、綺麗に掃除すればそれなりに良くなりそうだ。

『自動洗浄(オートクリーン)』

身体や服だけでなく、部屋掃除にも使える生活魔法だ。一瞬で部屋の埃が消えた。

『衣装替(チェンジ)』

生活魔法で服をメイド風の衣装に着替えると、慌てて下に降りた。

「いらっしゃいませ~!」

ちょうど下に降りたタイミングで、お客様が入って来たので、そのまま接客に付いた。客桟の主人は少し驚いたが、すぐに目で相槌をして、そのままお願いした。

「お嬢さん、お酒を1つ。それからアテ(おつまみ)を何かお願いするよ」

「はい、畏まりました」

ここの客桟では、三花酒(サンファチュウ)が名物だ。

 三花酒とは、お米を材料とした白酒(パイチュウ)の事で、蒸留を3回行う事で芳醇でまろやかな味わいを生み出す。純度とアルコール度数が高いお酒なので、お酒が入った瓶かめを振ると、無数の細かい泡が立つ。この泡を「酒花(チュウファ)」と言い、いつまでも泡が消えないお酒ほど上質だと言われている。なので、お花で作ったお酒の事ではない。しかし、ここの客桟では、金木犀の花びらを入れ、洞窟で3年寝かせてある。金木犀の香りとアルコール度数は高いが、甘くて口当たりの良いお酒となる。

 人間界でも中国の桂林にある、桂林三花酒で同じ味が楽しめるが、生産数が少ない為、輸出はされていないので、現地に行かなくては飲む事が出来ない。

「乾杯(ガッ)」

「乾杯(ガッ)」

アテ(おつまみ)として出した骨付き肉にかぶりつくと、お酒で胃に流し込んだ。アルコール度数は56%と高いお酒なのに、この人達(神様達と言うべきか?)はまるで水の様に早いペースで飲む。

「いらっしゃいませ!」

続々とお客様が入って来るので、笑顔で明るく1トーン上げた声でお迎えする。

このお店、めちゃくちゃ繁盛していて忙しい。すぐに仕事に取り掛かって正解だったな。

 お店が閉まる頃、帝釈天(インドラ)がやって来て、手首を掴んで無理矢理、部屋に連れ込まれた。そのまま押し倒されて、抵抗したが力では敵わない。4本のうち2本の腕で私の両手を押さえて抵抗出来なくして、残る腕で私の身体中を撫で回していた。下腹部の下着の中から秘部を弄られると、すぐにイッてしまった。それから今まで経験した事の無い体位に快楽で溺れ、朝まで抱かれ続けた。

「良かっただろう?自分でもっと気持ち良くなりたくて、腰振ってたのも気付かなかっただろう?」

「やだっ、恥ずかしいから言わないで…」

私をようやく手に入れて満足した帝釈天(インドラ)は、寝殿に戻って行った。

 客桟の主人の名前は、まだ聞いていなかったけど、帝釈天(インドラ)との最中に部屋の前に来られたから、Hしてたのがバレちゃってる。梵天(ブラフマー)も帝釈天(インドラ)も私が奥さん達に酷い目に合わされた時、助けに来てくれたし計略は成功したな。

 魔界と天界に来て分かったが、魔界にいるのは悪魔、天界にいるのは神様ではなくて、ただ魔界に住んでいる人、天界に住んでいる人であり、見た目が人間と異なる者もいるってだけだ。悪魔=悪、神様=正義でもない。

 朝、支度が終わって開店の準備と、宿泊客の朝食を手伝う為に下に降りると、客桟の主人は意味ありげに私を見て声掛けて来た。

「おはよう。梵天(ブラフマー)様だけじゃなく、帝釈天(インドラ)様とも懇意だったんだなぁ。そりゃ追い出されるよ」

と、大笑いされた。

 帝釈天(インドラ)は昨晩はお邪魔したと、支払いを弾んで帰ったらしい。私のお陰で上客が出来たと喜んでいた。

 この日は目まぐるしい忙しさだった。

次から次へと来店客が途切れる事がなく、気付くと閉店時間が来ていた。

すると、梵天(ブラフマー)がやって来た。

客桟の主人は私に、「お疲れ様、もう今日は上がって良いよ」と声を掛けられた。

 梵天(ブラフマー)は私の部屋に入るなり口付けして来て、頭を撫でながら心配そうに生活に困ってないか?とか聞いて来た。そこへ、帝釈天(インドラ)がやって来た。梵天(ブラフマー)は私の肩を抱き寄せて、「何しに来た?」と睨んだ。帝釈天(インドラ)は、「その女は、もう俺のモノだ」と言って凄んだ。梵天(ブラフマー)は顔色を変えて、「コイツとヤッたのか?」と聞いて来たので、悲しそうな表情をして頷いた。帝釈天(インドラ)に、無理矢理やられたんだろうと決めつけて剣を抜いた。帝釈天(インドラ)も剣を抜いて、「剣なんて抜いたら、もう冗談では済まされんぞ」と言って睨み合った。客桟の主人が血相を変えて来て、「店が壊れるから喧嘩するなら外でやってくんな!」と言った。

「表に出ろ!」と梵天(ブラフマー)が叫ぶと、2人とも同時に飛び出した。ほぼ同時に剣を打ち合う。神速の剣なので、あっという間に10合、20合と打ち合った。

(梵天って、こんなに強かったのか?)

計略が上手くいって喜ぶべきなのに、何故か心が痛んだ。私を奪い合って争っているからだろう。私はこっそりとその場を抜け出して、全力で走った。罪悪感が込み上げて来るが、コイツらのせいで、阿籍(ア・ジー)が殺された事を忘れてはいけない。梵天(ブラフマー)と帝釈天(インドラ)が争い始めたので、大騒ぎになり始めた。

 ゲートに辿り着くと、やはり守衛は2人しかおらず手薄だ。光速移動呪文を唱えて、守衛が気付くよりも早く倒した。ゲートを起動すると、ゴウンゴウン音を立てながら、ゆっくりと開いた。

 すると、背後に気配を感じて振り向くと阿修羅神族がいた。

「阿修羅(アスラ)王様の命令で来てみれば、本当にいたな」

一斉に放たれた矢を躱し、打ち落とし、払いながら間合いを詰めて斬り込んだ。

「人間風情がぁ!」

牙を剥いて襲って来る。6本や4本の腕それぞれに剣や槍を携えている。こっちは2本しか腕がない。どれほど光速で剣を打ち込んでも、攻めあぐねて苦戦する。徐々に躱し切れずに傷を負っていくが、全て『自動回復(オートリジェネ)』の効果で修復する。

「こいつらはただの兵士だ。こんなのに手こずっているのに、阿修羅(アスラ)王なんかが来たら最悪だ」

と思っているとフラグが立ち、阿修羅(アスラ)王が現れてしまった。

(こいつは卑怯な手で阿籍の首を刎ねた。許さない。こいつは差し違えても殺す!)

身体能力強化呪文を限界まで唱えて、不死を頼みに防御を捨てて全力攻撃に打って出た。剣を全力で振り、体力は自動で回復し続ける、魔力が尽きるまで。それでもやっと、6本腕のハンデを補えて何とか互角に打ち合えるレベルだった。剣帝の剣技を使っているはずなのに、とんでもない強さだ。斬り合ううちに分かった。阿修羅(アスラ)王は不死の私をゲートから魔界に堕として封印したいみたいだ。

「待って!」

「何だ?」

「私はゲートを通って魔界に戻りたい」

「ふん、大人しくゲートを潜るなら争う必要もない」

私がゲートに飛び込むと、ゲートが閉じられる音がした。暗闇の中を下降しているはずだが、空を飛べるし、なんだか平衡感覚が分からなくてなって来た。

 そこへ突然、声を掛けられた。

「陛下!」

誰もいないと思ってたので、ビクッとして心臓が飛び出そうなくらい驚いた。

「誰なの?」

恐る恐る聞くと、「私です。アーシャです」と応えた。

 アーシャと再会を喜び合い、連れて行かれると、ルシエラを含む大魔王達が勢揃いしていた。手傷を負いながらゲートに向かい飛び込んだ。ゲートに飛び込もうとする者は攻撃されなかった。神兵は魔兵を追い払えれば良いと考えていたフシがある。そこで、ルシエラがアーシャの空間魔法をゲートの内側に張る事を提案し、皆、魔界に堕ちた訳ではなく、アーシャの作り出した空間世界の中にいると言う。そして、空間を繋ぎ合わせて、魔界とも行き来が可能らしい。さっき、私がゲートを開いた時に天界側に空間を張れたから、天界にも出られると言う。

 阿籍を収めた棺を開けようとすると、ルシエラが止めたが、それでも開けた。500年もの月日は残酷で、すでに白骨化した屍がそこにはあった。涙を流し、号泣してすがりついた。逃れる為とは言え、仇敵である梵天(ブラフマー)と帝釈天(インドラ)に抱かれてしまったのだ。決して許してはくれないだろう。阿籍は瀕死の状態で私を助けようとして、命を落としたのだ。声もなく泣き続け、懺悔した。

『死者蘇生(リアニメーション)』

阿籍の身体が光に包まれて再生し、生き返った。

「阿籍、对不起(ドゥブチ)(ごめんなさい)」

私の背を優しく抱いて頭を撫でた。口付けされそうになり、私は制止した。

「もう貴方に愛される資格は無いの…」

私は泣きながら、この500年の出来事を話した。梵天(ブラフマー)や帝釈天(インドラ)にも抱かれた事を正直に話した。

「お前は悪くない。守れなかった俺が、悪いのだ」と言って泣かれた。私もつられて泣いた。

 天界と行き来が出来るなら、様子を探る為にもう1度行く事にした。ゲートの近くにアーシャが張った空間ホールから出て来た。先程の客桟に向かうと、梵天(ブラフマー)と帝釈天(インドラ)がまだ斬り合っており、配下も戦闘中で戦争に発展していた。

 舎脂(シャチー)と弁財天(サラスヴァティ)も斬り合っていたが、私を見つけると2人ともこっちに来た。

「お前のせいでこんな事になった。どうしてくれる?」

「諸悪の根源は、お前だ。殺してやる!」

舎脂(シャチー)と弁財天(サラスヴァティ)は、私に斬りかかった。軽く手首を返して打ち込んで来た舎脂(シャチー)の剣を捌き、弁財天(サラスヴァティ)の錫杖から放たれる突きを躱して受け流した。

「こいつ…」

「ふふふ、私が弱いと思ってたの?今までお前達に見せていた姿は隙を伺う為の演技だよ。お前達は一瞬で私に殺される」

「何を!」

頭に血が登って向かって来た。

『死誘鎮魂歌(レクイエム)』

2人以外にも効果範囲内にいた彼女達の部下も即死した。

「闇耐性が無いのがアダになったね、そして…」

『黄泉還反魂(リザルト)』

舎脂(シャチー)と弁財天(サラスヴァティ)を生き返らせて配下にした。

「ふふふ、あははは。これでどっちが人形かしら?」

彼女達を連れて、争う2人の元へ向かった。

「あなた、止めなさい!」

「お願い、もう止めて!」

お互いの妻達が間に入り、制止する。

梵天(ブラフマー)と帝釈天(インドラ)も攻撃の手を止めてこちらを見た。

「ミズキ、どっちを選ぶんだ?」

梵天(ブラフマー)が私のせいで争ってるんだぞ?と言う表情で聞いて来た。

「奥さんの前でも、まだそんな事を言っているの?」

「もう今更、後には引けん」

梵天(ブラフマー)は私を譲るつもりは無いと言った。

「ミズキ、お前が欲しい。誰にも渡さん」

帝釈天(インドラ)も、どうやら本気で私を気に入っているみたいだ。

「何を!」

梵天(ブラフマー)を『隠しスキル』でステイタスを見ると、状態異常「魅了」になっていた。魅了耐性は無効の次に高いSだった。耐性Sに効く確率は限りなく0だ。しかし、『絶世の美女』は自動オートで魅了攻撃し続ける。500年もの年月を掛けて梵天(ブラフマー)は私への耐性が薄れ、人形として愛でるうちに愛情が湧いたのだ。この女は俺のモノだから、誰にも譲るつもりは無いと。帝釈天(インドラ)の方は別に魅了されていなかったが、彼の今1番のお気に入りが私だ。女好きの帝釈天(インドラ)は、飽きるまで私を抱くつもりだろう。

 妻達の目の前で、悪びれず堂々と愛人を奪い合うなんて、信じられない光景だ。その相手が私なのだから、我に帰ると恥ずかしさが込み上げて来る。人間でも男の友情が簡単に壊れるのは、金と女だ。私を奪い合って感情を剥き出しにした2人の関係は、修復不能だろう。2人が争っている間に魔軍で攻めて、天界を征服する計画だが、鬼になり切れない優柔不断な私は、躊躇していた。でもここで踏ん切りつけないと、梵天(ブラフマー)には犯されたから仕方ないにしても、何の為に帝釈天(インドラ)にまで抱かれたのか意味が無くなる。帝釈天(インドラ)には、私を抱く様に誘導したので、自分の意思で抱かれたのだ。このままでは抱かれ損だと思い直して、突入のサインを送った。それに気付いて善見宮を守りに行こうとしたが、彼らの妻達が遮った。

「ミズキ、お前一体何をした?」

「殺して生き返らせた。もう私の操り人形よ」

「おのれ!」

「待って、私の為に争っていたんじゃないの?」

「俺達はお前に騙されていたんだな?もうさっきまでとは事情が違う」

と、殺気を放った。

「怖いわ。私の事、好きだったんじゃないの?」

「だから騙していたんだろう?」

「別に騙してなんかいないわよ。貴方は、私の事を人形を扱う様にしてたけど、それでも愛情を持って接してくれた。Hは淡白で独り善がりだったけど、ヴィシュヌの様に執拗にやり続けて来なくて助かったわ。Hがトラウマだったから…」

くるりと、帝釈天(インドラ)の方に向き直して話した。

「そして帝釈天(インドラ)、正直に言うと、今までHした中で、貴方が一番気持ち良かったわ。もう一度してみたくなるくらいに…」

目を閉じ、間を開けて話しを続けた。

「でもね、これでも貞操概念ってあるのよ。私はビッチになりたく無いし、なり切れない」

「2人の心を弄んだつもりは無いの。ごめんなさい」

そう言って頭を下げた。

「口が上手いな。そんな口車に乗るとでも?」

帝釈天(インドラ)は剣を握る手に力を込めて、にじり寄る。

「殺して気が済むなら、どうぞ」

目を閉じて、両手を広げて攻撃を受け入れる姿勢を取った。

梵天(ブラフマー)は、剣を捨てて私を抱きしめた。

「どうしても諦め切れない。愛してるんだ」

「お、お前、離れろ!俺の方がHが良かったと言ってただろ」

帝釈天(インドラ)は引き離そうと、私の腕に抱きついて引っ張った。

「おい、俺の妻に何してる?」

阿修羅(アスラ)王とラーヴァナの髪を片手で持ち、その首をぶら下げた項羽が現れた。

「阿籍(ア・ジー)…」

あまり見られたく無い所を見られてしまった。

「よくも俺の妻を犯したな」

牙戟を振るうと、梵天(ブラフマー)は弾け飛んだ。そこへ帝釈天(インドラ)が斬り込むが軽くいなされた。梵天(ブラフマー)と帝釈天(インドラ)の2人がかりでも、彼らから見れば素人同然の私が見ても、圧倒的な強さで阿籍が押しているのが分かる。

(本当に強い。惚れ惚れする)

女性は妊娠をして出産する為、その間は無防備になる。なので自分を守ってくれる、頼れる強い相手に本能的に惹かれる遺伝子が女性には組み込まれている。その為、綺麗な女性ほど、ヤンキーに惹かれる傾向がある。クソ真面目で優しい男よりも、強そうで頼り甲斐のありそうなヤンキーを選ぶのはこの為だ。

 項羽はいまだに語り継がれる中国史上最強武将で、この時代最高の美女は虞美人だった。No. 1同士のカップルは必然だったのかも知れない。

 そこへ善見宮を陥したと言う報せが届いた。ロード母娘も無事に保護したとの事だ。天界を制圧した瞬間だ。魔軍は歓喜の声を上げて、勝利の雄叫びを上げた。

 これでもう天界の何処にもあの2人の居場所は無くなった。

「ねぇ?天界はたった今、陥ちたわよ。悪い様にはしないから投降して。もう争う意味は無くなったのよ」

「意味?意味ならある。項羽こいつを殺して、俺がお前の夫になる」

「私が…争う理由…?馬鹿ね…本当に…」

涙が頬を伝っていた。好きでもない相手でも、命を賭けた純粋な愛は心が揺さぶられる。降伏させる以外の方法を取ろうかと迷う。それに、あれほど憎かった2人を殺さずに助けてあげたいと思っていた。でも声が出ない。

 私はあっと思い、目を閉じた。項羽は帝釈天(インドラ)の練気剣(ヴァジュラ)を弾くと首を落としていた。首を無くした身体が倒れ、首が転がる。ロードが帝釈天(インドラ)に駆け寄って縋り付いて泣いた。ロードにとっては親の仇のはずなのに、何度も犯され、子供が出来、500年もの歳月を共に過ごすうちに愛情が芽生えたのかも知れない。

 私は帝釈天(インドラ)の死ぬ瞬間が見たくなくて、目を閉じた。阿籍の事が好きなのは間違いない。でも純粋な愛を向けられて悪い気がするはずがない。いつの間にか、2人の事を好きになっていたみたいだ、私は。2人共、肉体関係にあったのだから、この好きは、友達以上の好きに違いない。許されないけど、男性がハーレムを作りたいと言う気持ちが少し分かった気がする。

 梵天(ブラフマー)は、帝釈天(インドラ)が討たれ、1人で項羽の豪鉾を受けねばならなくなり、防戦一方になった。討ち取られるのは時間の問題だ。私は強く握り締めた手が、びしょ濡れになるほど汗をかいている事に気付いた。多分、私はこの梵天ひとを殺させたくないと思っている。

 梵天(ブラフマー)の防御を掻い潜って、牙戟が胸を貫いた。

「あぁ!」

思わず悲鳴が出ていた。そして、目を背けた。涙が止まらず、私は嗚咽していた。地面に倒れ、私の方に向かって這いずって来ようとしていた。走って駆け寄り、泣きながら抱き締めていた。

「ごめん。ごめんなさい」

「何でお前が謝る?」

と言って笑顔を向けた。

「私は創造神。お前達、人間を作り、チート能力を与えたのも私だ。最初の人類アダムに与えたチート能力は、模倣(ラーニング)だった。我ら神々の生活を見て覚えたのだ。その能力は、ミズキ、お前が持つ能力チートだ。その力は、神々をも超える可能性があると恐れた我々は、人間を天界から追放して地上に堕としたのだ。ミズキ、私の敗因は、自らが作り出した人形を愛してしまった事だ。私はお前を、ミズキを愛してる…」

そう言うと息を引き取った。号泣して梵天(ブラフマー)の遺体に縋り付いて泣いた。

『黄泉還反魂(リザルト)』

ギリギリまで『死者蘇生(リアニメーション)』で生き返らせ様と考えた。しかし、これまでの努力と犠牲が無駄になる為、考え直した。

 遂に天界を制圧した。私は人間でありながら、魔界と天界を支配する女帝として君臨する事になった。多くの犠牲を出した大戦だった。神々は皆殺しにすると魔族達が宣言して殺されていた者達まで含めて、全ての犠牲者を生き返らせた。

 統一した為、新たに法を整備した。傘下にどうしても加えたかった太上老君は、病と称して屋敷に閉じ籠もって出仕しようとしないので、梵天(ブラフマー)の書状を持って説得に出向いた。三顧の礼どころか、100回以上出向いてようやく承知してくれた。根負けしたと笑いながら、屋敷から出て来てくれたのだ。それから私は太上老君の事を、おじいちゃんと言って甘える事にした。最初は君臣の別が、とか堅い事を言っていたが、根負けして今では私を孫の様に可愛いがってくれている感じだ。

 そろそろ私は地上に戻る。神や魔族たちから、神帝が、魔帝がいなくなったらどうするのですか?と引き止められたが、だって私は人間だから人間の世界で暮らしたいと言って去る事に決めた。

阿籍も私と一緒に地上に来るらしい。

大丈夫かな?馴染めるかな、この人。そして、こっそり梵天(ブラフマー)と帝釈天(インドラ)に耳打ちした。

「時々なら阿籍に内緒でHしよう」

もう私は自分に正直に生きる事にした。だって不老不死。永遠に死が訪れない、退屈な毎日を過ごす。夫がいても、セ◯レがいても良いじゃない。刺激がある方が女性は美しくいられる。

 人間界に戻って来ると、あれからまだたったの8時間しか経っていなかった。500年以上も人形の様に固まっていたのに、たったの数時間しか経っていなくて驚いた。それから、政府に魔法省の大臣になる話は辞退しに行った。

 今の私はキャバクラでママをしている。阿籍は私の夫で、ボディーガードと言う事にした。こう言う仕事柄、時々あっちの世界の人達が、みかじめ料を求めて因縁を付けて来たりするが、阿籍が丁重にお帰り頂いている。美人ママがいると言う評判で、クラブは大繁盛だ。この前、巧がお店に来た。初めは驚いていたが、私が「結婚したのよ」と言うと少し残念そうな顔をして「おめでとう」と祝福してくれた。そして、「結婚祝いだ」と言って、無理してドンペリを注文してくれた。

 数日は平穏な日々を送っていたが、天界から急報が届いた。西洋の神々が攻めて来たと、そこには書かれていた。私が制圧した天界は東洋であり、天界は西洋と東洋世界に2分されている。東洋世界が魔族に支配されたと聞いた西洋世界が危機を感じて、天界を統一し魔族を駆逐すると謳って挙兵したとの事だ。

 天界の事は気になるが、私は人間だし、人としてこの世界で生きようと決めたのだ。だけど攻め込まれた原因が、私が新たな東洋天帝となった為だ。溜息をつくと、「近いうちに天界に行かなくては」そう思い、グラスの中のシャンパンを飲み干した。

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