【第1部〜序章編〜】第8話 女性変化

「はっ」と目が覚めると16時を回っていた。

(5時間くらい寝てたのか…)

そう言えば女性変化を解いてない。慌ててステイタスを確認すると、『女性変化(1%)』で1%しか進行してなかった。てっきり、時間を使い切ってしまっていて、男に戻れなくなってたらどうしようとか、大丈夫だとしても残り時間が少ないものだと思い、青ざめたが助かった。そう言えば、お昼ご飯を食べておらず、かなり腹が減った。

(確か生活魔法で食事が出せたような?)

〝はい主様。1度食べた事があるものなら、再現出来ます〟

「わぁ、驚いた。自動音声ガイド切り忘れてたんだ」

突然声がしたので飛び上がるほど驚いた。私は遅めのお昼に、「油屋の油そば」と「唐揚げキングの唐揚げ」を出して食べた。どちらも会社近くの商店街にあり、給料後など懐に余裕がある時は良く利用していた。油そばは少しギトギトしているが、出汁が濃厚で食欲を唆そそる。麺に乗っている焼豚チャーシューは少し変わっていて、まるで分厚い豚肉のステーキが乗っている感じだ。塩胡椒味で美味うまい。実はここのラーメンで本当に美味いのは、まさかのメンマだ。メンマ独特の臭みや匂いが全くなく、恐らくメンマが嫌いだと言う人もここのメンマは食べられるのでは?と思う。今まで食べたメンマの中でダントツに美味い。このメンマだけを単品で頼んでビールを飲んでいる客も多い。あとここの唐揚げは生姜醤油がベースの昔ながらのスタイルだが、良い感じに生姜が効いていて、かぶりつくと外の皮はパリっとしながら、中からジュワッと口の中いっぱいに広がる肉汁が最高だ。これまた今まで食べた唐揚げの中でダントツに美味い。知る人ぞ知る人気の行列店なのも頷ける。

「ふぅ、食べた、食べた、お腹いっぱいだ」

美味しい。どちらも崩壊した商店街の中に入っているので、復興するまで暫く食べられないと思ってたので、満足だ。食が満たされ、心にゆとりが出来た。

(女性変化しても進行が緩やかだな。スキルを知りたいから、もう少しこのままでいよう)

生活魔法で雑誌に載っていた、薄オレンジ色に花柄が入ったワンピースを着て姿見の鏡の前に立った。改めて見ると、つくづく自分とは思えない。思わず見惚れてしまうほどの美しさだ。鏡に顔を近づけて色々な角度から眺めたり、モデルがやりそうなポーズを取ってみたりした。

(さて、何処に行こう?)

買い物が出来る所が残ってるのか状況を知りたいし、アパートの近所は何ともなさそうで良かった。会社周辺がやはり、この地域では1番人が集まる人気の買い物スポットなので行く事にした。18時を過ぎたはずだが、まだ日は沈まず明るい。ほんの数ヶ月前までは、17時にもなれば真っ暗だった。

 商店街の復興はもう始まっていた。崩れて出たコンクリートやら板やらが散乱していた筈だが、綺麗に片付けられ、建物も修復され始めていて驚いた。

(思ったより早く復興するかも)

恐らく、掃除の能力や建設系の能力を持った人たちの、おかげなのだろう。得た能力を悪用する者もいれば有益に使う者もいる。

(良い人もいれば、悪い人もいる。スキルも使い方次第だな)

建物の崩壊がひどい場所以外は、まだ通常営業していた。商魂逞しくて、素晴らしいな。通常営業している建物の1つに入ってみた。主に女性の服を扱っている店舗が入っている。男だったら彼女の付き添いでもない限り入る事はない。この店に入った理由は、麻生さんの誕生日が近く、プレゼントを探そうと思ったからだ。女性の姿なら違和感なく入れる。とは言っても女性の感覚が分からないから、周囲の他のお客が何を見てるのかチラ見したり、ショーウインドウや店内のマネキンを見て、こう言うのが流行りなのかな?と物色していた。麻生さんには…どう言うのが似合うかな?それにしても、さっきから何だか視線を感じる。他のお客を見ると目が合う人が何人かいる。見られてる?何?やっぱり見た目が女性でも行動が変でバレているのかな?それとも変化の影響で顔が変になっているとか?急に恥ずかしくなって来て、そそくさとその場を離れた。

 このフロアに化粧室が無い為、下のフロアの化粧室に足早に入った。男子トイレに入りそうになったが、気付いて女子トイレに入り直した。

(女性の皆さんごめんなさい。トイレを覗く訳じゃないので、鏡だけ貸して下さい)

心の中で言い訳しながら鏡を見た。顔を近づけて、右を向いたり左を向いたり、角度を変えて見てみたが、おかしな所はない。もしかすると、私の行動が不自然で見られていたのかな?

(気を付けなくては…)

建物から出て別の店舗に入った。そこでもなんだか視線を感じる。特に男性からの視線を。

(何なんだ一体…残念だけど、もう帰ろうかな)

建物から出ようとすると、2人組の男性がこっちに来た。

(えっ、何?)

「お姉さん、1人ですか?」

「すっごい美人だね?モデルさん?」

「あっちで一緒にスイーツでも食べよ?」

呆気に取られている私に2人が代わる代わる捲し立てて来る。これは、もしかしなくてもナンパと言う奴ですか?

(チャラっ、私はナンパした事ないな。する勇気もないけど)

「えっと…その…」

なんて応えて良いのか分からず、オロオロと狼狽えた。

「神崎さん、待たせてごめん!」

と、突然声かけて手を握って来た男がいた。声には勿論、聞き覚えがある。

「俺の連れなんで、すみませんね」

そう言って肩を抱き寄せられた。

見上げるとやはり山下だった。

「何だよ、ヤロー待ちかよ」

吐き捨てる様に言いながら、2人組は去って行った。

「神崎さん、ごめんなさい。馴れ馴れしくしちゃって、迷惑でしたよね?」

そう言いながら私から離れた。私は、ううん、と首を横に振って否定した。なんだか今日の山下は、とてもイケメンに見える。こいつも、ちゃんとしてたらモテるだろうに。

「何だか喉渇いたな」

私は誘う様に、山下に目配せをして促がした。

「あっ、じゃあ、何か飲みます?」

さっきの2人組のナンパで、皮肉にも入りそうになったスイーツ屋に入った。

「でも何で山下さんが、あそこに?」

アイスティーにシロップを入れて、かき混ぜながら聞いた。

「偶然近くに来ていたら、神崎さんが美人過ぎて皆んなが見惚れてて、どこの事務所のモデルさんかと噂してたよ(笑)」

山下は熱々のホットコーヒーに口をつけながら話した。猫舌の私ではとても飲めないな、と思いながら山下が平気そうに飲んでるコーヒーカップ見つめた。まてよ、と言う事はどんな美人か確認しに来たんだな?

そう思うと胸の奥に痛みを感じて、イライラして来た。

(何だこの気持ちは、まるで私が山下の事が好きで、嫉妬しているみたいじゃないか)

「そんな、ジロジロ見られて変な顔しているのかと思って、恥ずかしくて外に出て、帰ろうとしていました」

それから、お茶を飲みながら山下は、私に気を遣って話をしていたが、多分あまり興味の無い話題を頑張って盛り上げ様としていた。なので私は華流ドラマの話題を振ってみた。さっきまでの話題より、明らかにテンション高めで話始めた。やっぱり山下とは、こっちの話の方が合うし楽しい。

 華流ドラマは観てて面白いけど時々、日本人が理解出来ない所がある。例えば、ヒロインが毒を盛られて眠りから目覚めなくなり、現実では存在しない薬が登場して、それを持った偏屈な医者が、この薬を飲めば立ち所に治るが、タダでくれてやるわけにはいかないと、無理難題を与えて来るが、主人公がヒロインの為に傷付きながらも難題をクリアし、苦労して薬を入手し、ヒロインを救う、と言うドラマ都合な展開がよく起こる。正直、何その薬?と苦笑いしたり、またこの展開かよ?と思いながら観ているが内容は面白い。

 あるいは、救う話になっている筈なのに次のシーンでは治った事になっていて、新たな展開が始まるとか平気である。

えっ?この後の展開はどうした?そこが知りたいんじゃん。と言う様な事が多々ある。まあ、端折られた場合は大抵、後から回想シーンが入って、何だそう言う事だったのか?みたいな展開になる事が多い。

 お互い趣味の合う話でテンションも上がって、神崎さんも中国史とか好きなんだ?と言って山下は喜んだ。

「この後はどうします?帰りますか?」と言われたので「ゲーセンに行こう」と誘った。「ゲーム好きなんですか?」とか「ゲーセンに良く行くんですか?」とか聞いて来た。気が付くと自然に山下と手を繋いでいたが、不思議と嫌な気がしなかった。なかなか取れないUFOキャッチャーで、はしゃいだり、エアホッケーで白熱したり、ダンレボでいつの間にか、観客が集まっていて拍手され、気恥ずかしくも楽しい時間を過ごした。このままお別れするのも名残惜しい気がして、2人でこっそりと会社の屋上に来て風に当たった。

「こんなに楽しいの久しぶり」

「そうだね、能力を授かってからは物騒になったからね」

風が強く吹いていて髪が顔にかかり、それを何度も手で払っていると、山下が髪の毛を掬ってくれた。目が合い、見つめられる目を何故か逸らす事が出来ず、私も見つめ返した。肩を抱き寄せられ、自然と唇を重ねた。ゲーセンで遊んでいる間、山下にときめいている自分がいた。拒絶するどころか山下の背に手を回す自分に驚いた。山下は受け入れてくれたと感じたのか、何度も軽くキスを繰り返した後、舌を絡めて来た。3分以上、舌を絡め合いながら抱き合っていた。服の隙間から手を入れられて胸を触わられた。

「ダメ、ダメ、これ以上は…」

力無く言っても止めてくれない。何だか子宮の辺りがゾワゾワする。例えるなら絶叫系マシーンに乗った時にゾクッとする感じだ。これが「女性が感じてる」と言う事なのかも知れない。山下は首筋にキスを繰り返して耳元で囁いた。

「抱きたい」

私の返事を待つより早くスカートの上から触られた後、捲り上げられて撫でられた。ジワっと熱くなって来るのが自分でも分かった。暫くそのまま山下の手を好きにさせていると、卑猥な音が聞こえて来た。恥ずかしさと快感で顔が火照り、高揚する。頭がぼーっとして何も考えられなくなった。このまま快楽に身を任せてしまいそうになる衝動が込み上げて来る。

「あぁ、はぁっ…」

声を押し殺そうとしたが、溜息にも似た吐息が漏れた。山下はキスをしながら直接、触ろうと手を下着の中に滑らせて来た。それだけは絶対にダメだと思い、山下の手を振り解ほどいた。

「ごめんなさい」

走り去る私を山下は追いかけて来たが、角を曲がった所で私は『影の部屋』を唱えて、影の中に逃げ込んだ。

そして、影の世界を移動して自分の部屋に戻った。

 朝方、くしゃみをして目が覚めた。布団も掛けず、全裸で寝ていた。山下のせいで身体の疼きが止まず、自分で慰めて女性として初めての絶頂で気を失い、そのまま寝てしまった様だ。その為、女性変化を解いてない。ステイタスを開いて確認すると、とんでもない事に進行率が21%まで上がっていた。何で?闇の世界で、化け物と戦った時間の方がよほど長かったのに、1%しか進行していなかった。今回、20%も増えたのは、何か理由があるはずだ。

 女性変化を解いて元の男の姿に戻り、シャワーを浴びた。昨晩の出来事を思い返しながら、後悔と罪悪感が強まった。最初に女性変化した頃は、心境には大した変化はなかった。しかし、女性変化の時間が長くなるに連れて、心まで女性化して行くみたいだ。あの時の私は、間違いなく山下に恋をしていた。今はどうか?正直あの時の自分は、どうかしていたとしか言いようがない。思い返すだけでも鳥肌が立つ。気色悪い。受け入れて、舌まで絡めていたぞ私…何なんだ一体。それに、女性のあの時の快楽は男の時の比じゃない。次に女性化して山下に会ったら、抵抗出来ずに最後まで行ってしまうかも知れない。万が一、妊娠なんてしようものなら進行率100%になって、もう元に戻れなくなるのでは?2度と女性変化は使わないと、固く心に誓った。

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