その日、女の子になった私。異世界転生だと思ったら、性別転生だった!?

@NatukiToshika

【第1部〜序章編〜】第1話 頭に響く声

 その日、全ての人類の脳裏に直接声が響き渡った。その声は、壮麗かつ尊大な威厳が感じられながらも穏やかで、聴く者は心が奪われ耳を傾けた。

 事実、仕事中の者も授業中の者も手を止め、また歩行者だけでなく、運転手でさえも時間が止まったかの様に足を止めて、その声に聴き入った。不思議な事にそれは、言語が異なる人類全てが同じ言葉の意味として理解した。言葉の意味を要約すると、「望んだ能力を与えよう」と言うものだった。

 初めこそは聴き入っていた者も、頭の中で鳴り響くアラームの様に何度も何度も繰り返されるうちに鬱陶しく感じ、イライラする者、周囲の友人や知人に確認し、皆が同じ症状である事に安心する者など様々だったが、やがて耐えられなくなった者が「願い事はこの声を止めろだ!」と怒鳴った。すると、先程まで鳴り響いていた声が嘘の様に病んだのだ。それに倣って同じ願いをした者も少なからずいたが、違う願い事をした者もいた。

 しがないサラリーマンの私はちょうど昼飯時で、会社近くの公園のベンチでいつもの様に、少し固くなってきた胡桃パンをかじっていた。頭に響く声を聴きながら、どうしたものかと、ぼーっとしていると、宙に浮いたり飛んだりしている子供達の、不思議でどこか幻想的でもある光景が目に入った。彼らは純粋な心で高く飛べたらとか、空を飛びたいと願ったのだろう。

(本当に願い事が叶うんだ?)と、理解するのに時間はかからなかった。「声を止めろ!」と願った者は、自分は何て愚かな願い事をしてしまったのだろうか、と後悔していた。

 それからは酷いもので、人間の欲深さ醜悪さにはつくづく嫌悪する事になる。ある者は、目の前で大金を出して見せ、またある者は金銀財宝を山の様に積み重ねて見せた。更にある者は、催眠術か何かで抵抗出来なくなった女性を裸にして身体を触ったり、手から炎を出して街路樹に火をつけて回る者、通りにある宝石商のガラスケースを爆破して宝石や貴金属類を強奪する者などが現れた。こうなって来ると辺りは騒然として、彼方(あちら)此方(こちら)で悲鳴が上がった。

 私は残りの胡桃パンを口一杯に頬張り、慌てて会社に向かって走り出した。

(苦しい)走り出して直ぐに息が上がった。運動らしい運動なんて、高校卒業してからは記憶に無い。しかも30代前半のおっさんサラリーマンだ。息が上がるのも無理は無いと、自分で自分を慰めるとどこか可笑しくなり、笑みが溢れた。

(私って、意外に余裕があるな?)と思っていると、息が切れて立ち止まった瞬間に目の前が真っ暗になって地面に倒れ込んだ。

(痛っ、何?殴られたのか…?)遠のく意識の中で、誰かが私のポケットの中をまさぐっているのを感じた。

「しけてるなぁ、おっさん!これっぽっちかよ!」

若い女性の声と、遠ざかる足音を耳にしながら、私は意識を失った。

 目が覚めると、口の中は血と土の味がして、辺りの焦げ付いた臭いが鼻を突いた。かなりの時間、うつ伏せに倒れていた様だ。

(痛っ)頭に手をやると乾いた血が、手のひらに付いた。こうなる前に起こった出来事を思い出し、ポケットの中に手を入れると、やはり財布が無くなっていた。どうやら頭を殴られて、財布を盗られたみたいだ。頭を摩りながら辺りを見回すと、公園近くにあったはずの商店街が崩れ、まるでテロで爆破事件でも起こったかの様な有様だった。

 辺りは既に薄暗くなって来ており、目を凝らすと大勢倒れて動かない人達が見える。よろめきながらその人達の下へ向かい、声を掛けながら揺さぶった。

(し、死んでる…)腰が抜けた様に力無く、その場に座り込んだ。私は死んでると思われて襲われなかったのだろうか?いや、正確には襲われて気を失っていたのだが…。こんな状況下でもさっきからずっと変わらずに、頭の中に声が響いている。

「望んだ能力を与えよう」と。

私は頭の痛みで再び意識を失い掛けながら、心に強く念じた。(力をくれ!)と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る