2.植物を巡って
「話し合う前に、皆に聞いて欲しい事がある」
相談が始まるなり、瑠璃星はそう言った。
「温室の植物たちの事だ。酷い荒らされようだったが、あの植物たちがいつ倒されたのか、そのことについて一つの気づきがあった」
「それって、今回の犯人に関係する事?」
何処か冷めた様子で秋茜が問いかける。瑠璃星は即答した。
「それは分からない。けれど、何かのヒントになるかもしれないから皆に共有しておこうと思ったのだ。花虻君だが、恐らく破壊されたあとで植物たちは倒されたのだと思う。彼女の体は土や草花を被っていたが、その下は綺麗なままだったからね」
「……つまり、犯人は花虻を壊した後でわざわざ植物を荒らしたってわけ? なんのために?」
日暮の問いに対し、七星が顎に手を当てながら答えた。
「何か隠したかったのでしょうか」
そこから姉妹たちは沈黙してしまった。隠したかった何かがあったにせよ、それを確認する時間なんて用意されていなかった。
「今から現場を確認しに行くって事は許されないわけ?」
秋茜が何処へともなく問いかける。すると、すぐにアナウンスが聞こえてきた。
『退室するかどうかは皆さまの判断にお任せします。我々は禁じたりはしません。ただし、ここから温室に向かい、戻ってくるまでの間も、会議の時間とさせてもらいます。時間内に戻ってくることが出来なかった場合は、皆様の投票先は完全なランダムとなりますことをご留意ください』
会議室から温室までの距離は、さほど近くはない。となると、あまり現実的とは思えなかった。秋茜は不満そうな表情を浮かべた。
「そう、残念ね」
呟く彼女を横目に、瑠璃星は他の姉妹たちに言った。
「となると、皆の記憶だけが頼りになる。昨日、花虻を最後に見たのはいつだったか、いつものように話し合おう」
すると、真っ先に手を挙げたのが日暮だった。
「私は日が落ちてから見かけたわ。温室に彼女はいて……それで、気になる事があったの」
「気になる事?」
七星の問いに、日暮はそっと目を細め、そしてその視線を金蚊へと向けた。
「ねえ、金蚊。あなた、昨晩、花虻と一緒にいたわね。だいぶ揉めていたようだけれど、いったい何があったの?」
それは、直接的な文言ではないにも関わらず、疑っている事を微塵も隠していない問いだった。鋭さすらあるその問いを真っすぐ向けられて、金蚊はやや不快そうな表情をしつつも、すぐさま答えた。
「何って、どうせ見てたんだろ? まあいいや、教えてやるよ。オレ様と花虻クンは、昨晩ケンカをしてました。どうだ、満足したか?」
「……ケンカ?」
瑠璃星が怪訝そうな表情を浮かべる。その横で、秋茜が冷ややかに金蚊を見つめた。
「それって、相手を故障させる程度だったりする?」
二人の視線を受けて、金蚊は半笑いで答えた。
「おいおい、勘弁してくれよ。ただ揉めていただけさ。だって、あいつ、自分の育てていた植物ちゃんたちに乱暴していたもんだからさ、それをオレ様は止めてやったんだよ。どうしちまったんだよって」
「植物に乱暴していた? 花虻が?」
秋茜がすぐさま問い返す。ぼくもまた同じような表情をしていたはずだ。ピンと来なかったからだ。彼女には植物を大事に育てているイメージだけがあったからだ。
「なんか錯乱していたみたいなんだ。蜜蜂クンのことでパンクしちまったのかねえ」
金蚊はそう言ったが、秋茜や日暮の眼差しは変わっていない。金蚊が疑われている。金蚊も恐らく気づいてはいるだろう。だが、彼女はけろりとした表情で続けた。
「でもさ、事情はどうあれ、葉っぱとか花とか引きちぎってたんだ。鉢も何個か倒していてさ、すでに温室が酷い有様だった。だから、オレ様は止めようとした。でも、花虻は落ち着くどころか興奮しちまって、オレ様を突き飛ばしたんだ。そんで、出てけっていうから、出てってやった。それっきりだよ」
金蚊の言葉を受けて、瑠璃星がそっと日暮へと視線を向けた。
「どうかな。日暮君。彼女の言う事に間違いないかな?」
すると、日暮は金蚊に視線を向けたまま答えた。
「私はそこまで見なかった。関わらない方がいいと判断して、すぐに立ち去ったから」
「そうか。それなら、裏付けられる人はいないようだね」
瑠璃星は淡々とそう言うと、少し考えてから金蚊に問いかけた。
「確認したいのだけど、揉めていた時に温室の植物はどれだけ倒されていた? 花虻が倒れたあたりはどうなっていた?」
「え? 分からねえよ。でも、めちゃくちゃだったんじゃないかな。あの時、相当暴れていたからさ」
「その割に、花虻の体は綺麗だった気がするわね」
秋茜の言葉に、金蚊はしばし黙り込んだ。ややあって、彼女は言った。
「なんだ、なんだ、オレ様が犯人って言いたいのか?」
睨みつける彼女に対し、日暮もまた冷たい眼差しを向けた。
「やっと気づいた? その通りよ」
よくない流れだ。ぼくは判断し、手を挙げた。
「あのさ、金蚊じゃないと思う。っていうか、金蚊じゃないんだ」
姉妹たちの視線が一斉にこちらを向いた。
「前から言っている通り、ぼくには記憶がある。金蚊は前回も吊られてしまったけれど、惨劇は止まらなかった。その記憶が残っている。だから、彼女じゃないってことをはっきり憶えているんだ」
そんなぼくの言葉を聞いて、記憶がないという瑠璃星と秋茜は確認をするように日暮へと視線を向けた。日暮は頬に手を当てながら、ぼくを見つめ、静かに言った。
「悪いけれど、私はその事を知らないの。だから、あなたの記憶については、あなた自身の事をどれだけ信じるかどうかに左右される。慎重に考えさせて貰うわ」
そして、彼女が言い終えたタイミングで、チャイムは鳴ったのだった。
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