◆ 3日目
1.第三シリーズ
『投票の結果、蜜蜂さんが強制停止となりました』
そのメッセージを目にした瞬間から、ぼくはこれから起こる事について考え始めていた。覚悟はしていたことだ。絶望的なまでの手応えのなさを思えば、蜜蜂に票が集まることを阻止することの難しさは分かっていた。
恐らくそこには慈悲もあったのだろう。蜜蜂本人が望んだことであり、だからこそ、瑠璃星、秋茜、七星、蟋蟀、日暮、稲子と票が六つも集まったのだと思う。それを阻もうとしたぼくに蜜蜂からの一票が入っていることもまた、抗議の意味なのかもしれない。彼女は眠りたかったのだ。けれど、だとしても、遣る瀬無さは感じてしまった。
蜜蜂に票を入れていないのは四人。ぼくと蛍は秋茜に、金蚊と花虻は瑠璃星に入れていた。ぼくの理由は特にない。瑠璃星か秋茜か、その二つからまだ絞れていないのだ。蛍についてもまだはっきりとは確認できていない。金蚊の理由は、前回少しだけ窺えたものが関係しているだろう。場を仕切られる事への不信感というところだろうか。花虻はどうだろう。彼女もそうだったのかもしれない。蜜蜂に票が集まる流れを止めずに、取り仕切っていた人物。そう思うと恨みが向いてもおかしくはない。
と、考え込んでいたその時、ドアベルが鳴った。応対してみると、そこには七星がいた。
「おはようございます、空蝉さん。お変わりはないようですね」
「おはよう、七星。大丈夫だよ」
ぼくが答えると、七星はベレー帽を手で押さえながら笑みを浮かべた。そしてそのまま蛍の部屋へと向かい、うんと背伸びをしてドアベルを鳴らした。程なくして蛍が出てくる。その様子を見守りながら、ぼくはその向こうの瑠璃星の様子を視界に入れた。揚羽、金蚊と、次々に様子を窺う彼女は、そのままその奥の部屋へと向かった。ドアベルを鳴らす。一回、二回、三回、誰も出てこない。
ぼくは黙ったまま廊下に出た。見つめる先で、瑠璃星は扉越しに中へと声をかけた。
「稲子君、いるかい?」
中へ戻ろうとしていた姉妹たちが、顔を覗かせる。
それらの様子全てを視界に映しながら、ぼくは静かに思い出していた。紋白蝶、蜉蝣の次は、確かに稲子だった。瑠璃星が手をかけると、扉は勝手に開いた。中へ入った彼女は、程なくして外へと戻ってくる。あの時と、一緒かもしれない。
「誰もいない」
異変を感じたのか、まだ訪問を受けていない姉妹たちも顔を出し始めた。そのうちの一人、花虻が部屋から出て来て、ぼくの隣で力なく呟いた。
「だから言ったじゃない。蜜蜂じゃないって……」
その横顔は、人間らしさの殆どが抜け落ちてしまったように感じられた。蟋蟀と日暮も外へ出てきていた。蟋蟀の方は恐らく記憶があったのだろう、動揺しつつも瑠璃星のもとへと近づき、こう言った。
「恐らく講堂だ」
「講堂?」
問い返す瑠璃星に、蟋蟀は頷く。
「俺の記憶通りならね。前の試験でも稲子は壊されてしまった。彼女が見つかったのは講堂だった。今回も同じなら、稲子は講堂にいる」
「……まずは確認してみなくては。僕は講堂に行く。蟋蟀君も一緒に来てくれる?」
無言で頷く蟋蟀を見て、七星と、そして日暮も近づいていった。
「私も行く。目撃者は多い方がいいでしょう?」
冷静なその申し出に、瑠璃星は頷いた。彼女らが立ち去っていくのを、ぼくはただ見送る事しか出来なかった。出来れば一緒に行った方がいい。それは分かっていたのだが、足が動かなかったのだ。講堂の記憶は、ぼくにもある。そこで目にした稲子の惨状も。だからこそ、見たくないという気持ちが勝ってしまったのだ。
完全に出遅れたぼくの隣に、蛍が近づいて来る。ぼくと一緒に瑠璃星たちの立ち去った方向を見つめながら、彼女はそっと呟いた。
「紋白蝶、蜉蝣、稲子……。第三シリーズばかりね」
「前もそうだったんだ。君はなんでだと思う?」
「──分からない。ただの偶然なのか、明確な目的があるのか」
「そうだよね。それこそ、犯人くらいにしか分からないかも」
こそこそと話し合っているぼく達の近くへ、金蚊が急に近づいてきた。
「あるとしたら、嫉妬だったりしてねえ」
急に口を挟んできた彼女に、ぼくは問い返した。
「嫉妬?」
すると、金蚊は不敵な笑みを浮かべながら述べた。
「オレ様は第二シリーズだ。お
「嫉妬しているのは、あなただけでしょう」
呆れたように端で聞いていた秋茜がそう言った。
「そんな事で暴力を振るうなんて事、出来るわけがない」
きっぱりと彼女は言ったが、金蚊はげらげらと笑った。
「ああ、その通り。奴らに嫉妬していたのは、オレ様だ。だが、果たしてオレ様だけかな。揚羽なんて嫉妬剥き出しな愚痴をよく言っていたもんだぜ。生前のようにモデルが出来るくらいに綺麗に作ってもらったのにさぁ。紋白蝶クンや蜉蝣クンのように透き通るような肌が心底羨ましかったらしい」
「……あの子もよく愚痴を言っていた」
金蚊の言葉を聞きながら、淡々と呟いたのは花虻だった。どこか余所を見つめたまま、彼女は呟く。
「自分のように不具合が一切確認されない事を、いつも羨ましがっていた」
そんな彼女に、ぼくは何と声をかければいいか分からなかった。結局、かけるべき言葉は見つからないまま、チャイムは鳴り響いた。
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