2.放心のままに

「これが、最後の投票になる。判断できる最後の機会になる。だから、時間いっぱい、可能な限り確認し合いたい」

 会議室にて瑠璃星はそう言った。

「まずはここから確認しよう。蛍と最後に会ったのは誰だった?」

 彼女の問いに、秋茜が答えた。

「おそらく空蝉じゃないかしら。事件現場となった中庭で話しているのを見たから。何時から何時までかなんて分からないけれど、長い事話していたわよね」

 じっと見つめられて、ぼくは……ぼくは、何も言えなかった。ただ黙っていることしかできず、俯いていることしか出来ない。そんなぼくの代わりに瑠璃星が発言する。

「ああ、確かに僕もその様子を見た。僕が見た時は日が暮れた頃だった。それから就寝前まで一緒にいたのかどうかは分からない。どうだい、空蝉君? 話せるかい?」

 彼女に促され、ぼくは前をじっと見た。脳裏に焼き付いた蛍の姿に心と声が詰まってしまう。そんな中で、ぼくはどうにか話そうとした。

「ぼくは……ぼくは……」

 昨日の事を思い出そうとしながら、言葉が引っかかる。だが、ようやく出てきたのは、今の状況では実に頼りない言葉だった。

「ぼくじゃない」

 それでも今は、吠えるようにその言葉で訴えるしかなかった。

「ぼくじゃないよ……蛍にあんな事……あんな事が出来るわけない……」

「どうかしらね」

 秋茜がどこか冷めた様子で言った。

「分からないわよ。仲が良さそうに見えて、実は恨んでいるなんてことはよくある事。特に試作品のあなたなら、情を深めたと思っても、意図せぬ行動に出てしまうことはあるんじゃないの」

「そんな事……ぼくはしない……できない」

 震えながら否定するぼくを前に、瑠璃星が肩を持つように言った。

「まあまあ、決めつけるのはまだ早い。空蝉君と蛍君が生前からの仲であることは秋茜君も知っているね。かつては特に親しかったと聞いている。そんな相手に対し、あのような事が出来るとは思えない。……通常ならね」

 唸るように考え込む瑠璃星を、ぼくは不安に思いながら見つめた。

 通常なら、わざわざそう付け加える彼女の意図を読み取ろうとして、怖くなってしまった。ぼくではない。ぼくではない事をぼく自身が分かっている。けれど、それを説明することが非常に難しかった。

「違う。ぼくじゃない」

「昨日は何時ごろまで蛍と一緒にいたの?」

 秋茜の問いに、ぼくは焦りながら答えた。

「昨日は……昨日は……日が暮れるまでだった。蛍から昔の話を聞いていたんだ。ぼくが憶えていない、ぼくの事を。今日はぼくが壊されてしまうかもしれないからって彼女が心配して。それで、それで……」

「それは就寝間近だったかな?」

「多分……就寝時間の数十分前くらい……」

 曖昧だったが恐らくそうだった。しかし、はっきりとは答えられない。そんなぼくの有様を前に、秋茜が呆れたように呟いた。

「いずれにせよ、最後まで蛍と一緒だったのはあなたのようね」

 その言葉に追い詰められながらも、ぼくは自分に言い聞かせた。

 違う。ぼくじゃない。この二人のどちらかだ。どちらかが嘘をついている。けれど、その事を突きつけるだけの余裕がない。言葉が全くまとまらなかった。

「そもそも、この臨時試験は、あなたが目を覚ましたことで始まった」

 秋茜は言った。

「あなたが起きてすぐ後に、紋白蝶があんなことになって……。そうよ。あの時だって、日暮と同じくらい、あなたは疑わしかった。日暮でなかったのなら、あなたを選んだって良かった。それに蜜蜂だって言っていたわね。もしも自分じゃなかった時は、空蝉を吊ってほしいって」

「でも、ぼくじゃない」

 どうにか否定するぼくを前に、秋茜は俯いた。

「そうね。勿論……勿論……これだけであなたが犯人であるとは限らない。アタシは同じくらい、瑠璃星の事も疑っている。七星の件では一番疑わしいもの。それに、金蚊の言い残したこともずっと引っ掛かっている」

 動揺を見せる秋茜に対し、瑠璃星は続けた。

「ああ、そして、同じくらい君も疑わしいという事だね、秋茜君」

 その言葉を受けて、秋茜は力なく言った。

「アタシじゃない。こう言ったところで無駄でしょうけれど。アタシには動機もないもの。試験に協力してまで求めるものなんてない」

「それは僕も一緒だよ。七星君を酷い目に遭わせてまで叶えて欲しい希望なんてものはない。だが、この件の犯人は、そんな動機すらも関係ないかもしれない。蜜蜂君が疑われた時の事を思えばね」

「予期せぬ不具合のこと?」

 秋茜の問いに、瑠璃星は頷いた。

「蜜蜂君の抱えていた不具合は、僕たち第一シリーズ共通の問題でもある。そして、その試作品である空蝉君も当然ながら抱えているはずだ。いいかい、二人共。僕たちは皆、同じだけ疑わしいんだ。蛍君とどのくらい親しかったかなんて関係ない。いつ、どのようにして、不具合が牙を剥くかなんて分からないんだ。いや、不具合なんて関係ないか。他人には分からないような動機が君たちの間にもあるかもしれない」

 瑠璃星の言葉に秋茜は黙り込んだ。勿論、ぼくも何も言えなかった。沈黙が少しだけ流れ、瑠璃星は再び口を開いた。

「この事を踏まえた上で、僕は最後に確認したい」

 そして、瑠璃星は、ぼくを見つめて訊ねてきた。

「空蝉君。君は生前の記憶すら戻っていないと言っていたね。今はどのくらい戻っている?」

「今も……殆どは戻っていない。ただ断片的に、憶えている気がするという時があるだけ。蛍が話してくれたことも、はっきりと思い出せたわけじゃない」

 力なく話すぼくを静かに見つめ、瑠璃星は言った。

「そうか。じゃあ、空蝉君。君はまだ、不具合の中にいるわけだね」

「……え?」

「そうだろう。僕は生前の事を憶えている。正常に稼働している機械乙女だ。秋茜君はどうだい?」

「アタシも憶えているわ」

 秋茜は静かに答え、そして黙ってぼくを見つめてきた。

 そこでチャイムは鳴った。最後の会議が終わってしまった。

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