第52話


 *



 見せしめにしては、あまりにも惨かった。将たちは痛めつけられたあと、首を刎ねられて京師みやこの宮廷の城門前にさらされた。

 唯一殺されなかった亜吾には、皮膚を一寸ずつ剝がしていくというさらに酷い拷問が行われているそうだ。


 そんなことをしたところで、気が晴れるわけもない。大事な国民を一人死なせるだけだ。


「皇太后様、もうお止めください」


 皇帝――璿環は気晴らしに酒を煽っている皇太后の前に進み出て進言した。

 彼女の横には、見栄えの良い青年が数名侍っている。彼らに下がれということすら、今の璿環にはできない。それくらい、力の差があるのだ。


「誰に向かってものを言っておる」

「しかし、これではあまりにも」


 黙れと言われて、酒瓶が放り投げられる。当たりはしなかったが、それは地面に落ちて派手な音を立てて割れた。度数の高い酒の匂いが、璿環の鼻にまで届いた。


ね」


 いつもならここで引き下がるところだが、今日の璿環は止まった。皇太后の機嫌がみるみる悪くなる。


「蛮族の襲撃などなかったと鄧将軍から抗議がありました。駐屯地の兵を増員させることと、烽火台長および将軍達の報酬をまともなものにするようにと」

「丞相に伝えておこう」


 璿環は押し黙る。

 本当は皇太后の許しなどなくても、権限が自分にあるべきなのだ。甘んじて――母なのだからと受け入れていたら、まさかこうも図太くなってしまうとは想定外だった。


 さらに彼女の周りに集まってくる奸臣たち。これがまた、たちが悪い。それにおごり高ぶる目の前の皇太后は、この世で一番醜く酷い。

 しかしなによりも、そんな彼女も悪質な奸臣たちをきちんと対処できない自分が、なによりも一番憎んでいた。


「それで、鄧は捕らえたか?」

「まさか。なんの罪があります?」


 皇太后が怒りの形相で立ち上がって、璿環の元にやってきた。


「もう一度申してみよ」

「鄧将軍にはお帰りいただきました。罪もなき人を捕らえるなど、法に背きます」

「あの者はわらわを陰で悪く言い、臣たちの信用を揺るがす行いをしている。これを、罪でなくなんと言う?」

「存じ上げません」


 ぱん、と頬を叩かれた。


「もう良い。去ね」

「皇太后様」


 なんだ、と振り返った彼女の顔は、怒りを通り越して無になっていた。


「反朝廷軍が蜂起しました。各地で戦が起きます」


 言い残して璿環は立ち去った。

 軍を動かす才は自分にはない。もちろん、あの女にも。戦は絶対に負ける。どんな策を画しても。


「今ならばまだ間に合う。そうでないのなら、あなたの命はわたしが刈り取ります」


 ここで引かなければ、大規模な争いになるのは目に見えている。それがどれだけ非生産的で意味のないことか、璿環は本能的にわかっている。


 まだこの時、璿環は皇太后が最後の良心を持って静かに政界から退くことを願っていたし、そうしてくれると思っていた。


 しかし、璿環の願いが届くことはなかった。

 皇太后の腹心が用意した将軍によって、戦火が国土の全土に及ぶに至る。

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