第41話
莉美は一歩楊梅に近づいて、右手に触れた。
「悩むだけ、楊梅様はまともなかたです。力を得て過ちを犯す人がいる中で、必死であがいていてあまりにも人間らしい」
右手の手甲の上に、莉美は手を添えて握りしめた。
「だからこそ、皇帝の近くには友としての仙星がいるのではないですか?」
楊梅が瞬きを一つ落とした。
「家臣ではなく、友です。地位は違えど、皇帝と同じ立場で物事を言い合える。間違えれば叱るし正しかったら褒めあう。それが友です」
凱泉も燕青も、楊梅が道を踏み外しそうになったら、きっとすぐ過ちを正すだろう。全力で彼を止めるための力になる。
「そうだな」
「だからあなたは、間違わない。間違ったとしても、必ず元に戻せます。私は、命を預けたのが楊梅様で良かったです」
莉美は再度、深々と頭を下げた。
「私の能力が安定したら、まず初めに楊梅様のお姿を私に描かせてください」
「わたしの姿を?」
「はい。民を思う心優しい主がいることを、絵として残しておかないと」
莉美がにこりと笑うと、楊梅は途端に顔を背けた。
「あ、あれ? 私に描かれるのは嫌ですか? 出過ぎたことを言ってしまいましたか?」
「いや、違う……。その、冷えるから早く部屋に戻れ」
「わかりました。凱泉様もそろそろ起きてくるでしょうし」
莉美が呟いたところ、おとなしく座っていた天天が耳をぴくっと動かした。かと思うと、美しい鬣を生やした首をもたげる。
辺りを警戒するようにあちこちに耳を向けて、音を拾っているようだ。
「どうかしたのか、天天?」
天天は耳を前向きにピタッと止めると、すくっと立ち上がっていきなり駆けだした。
「天天!?」
楊梅が驚いた声を出すと、天天は立ち止まって後ろを振り返る。
いかにも『ついてこい』と言っているように口を開けてガウガウと鳴いた。
「楊梅様、追いかけてみましょう!」
莉美の手を握ると、楊梅は天天から視線をそらさずに追いかけ始める。天天は時折立ち止まっては、二人がついてきているか確かめてまたひょい、ひょいと塀を越えていく。
さすがに高い塀を超えるのは不可能だとあきらめかけたのだが、楊梅は「こっちだ」と抜け道をするする進みながら、見事に天天を追った。
「彼はなにを伝えようとしているんだ?」
「それは私にも……でもきっと、重要なことだと思います」
神の使いである神獣がついて来いというのならば、追ったほうがいいに決まっている。
広い城内の中院と
「こんな隅に一体なにが……?」
靄に覆われた鬱蒼とした雰囲気は、朝日が差し込んでくるのが遅いのかいまだに夜の気配が濃い。途端に寒気を覚えて、莉美はぶるりと震えた。さらに奥に進んでいくと、天天が穴のたくさん開いた奇岩の横で鎮座して二人の到着を待っていた。
「天天、この場所になにか?」
楊梅にすり寄ってから、天天は奇岩の周りをくるくる回り始める。そしてごしごしと頭をこすりつけ、楊梅をじいっと見上げてきた。
「どうしたの、天天?」
莉美は神獣に近づき、奇岩に触れる。途端、それが張りぼてであることに気がついた。莉美があんぐり口を開けたまま固まったので、楊梅も触れてみてからなるほど、と頷く。
天天とともに奇岩をぐっと押しやると、人ひとりが入れるくらいの穴が出てきた。
「この穴はなに?」
急に怖くなった莉美は天天にぎゅっとしがみ付いた。
楊梅は辺りをじっくり見渡してから、思い出したように口を開く。
「数年前に模様替えを行ったので気がつかなかったが……ここは過去に宝物庫として使っていた場所だ」
「では、なにかお宝があるのですか?」
地面に這うようにして耳を近づけた楊梅は、驚いたあとに眉を寄せた。
「お宝……にしておくにはもったいないものが発見できるかもしれない」
ここで待っているように言われ、莉美は天天とともにその場に残された。
楊梅は宝物庫だった時の形状を把握しているのか、暗い中に恐れることなく身を投じてしまう。
莉美が「待って」と声を掛けた時には、すでに姿は見えなくなっていた。
「さすが……身のこなしが素早いわ。天天、中は危険じゃないのよね?」
尋ねると、天天はぐるぐる喉を鳴らしながら甘えてくる。
まったりしている様子から、穴の中に楊梅を害するものはないと判断した。
しばらくじっと楊梅が戻ってくるのを待っていたのだが、穴から突然声が聞こえてきた。
「おーい、莉美。すまないが、引っ張り上げてほしいんだ」
「はい、ただいま!」
莉美は穴の中に手を差し入れてから、得体のしれないものだったらどうしようと冷や汗をかく。しかし、ただただ冷たい感触が左手から伝わってきた。
(これは――まさか、人の手……?)
ぎゅっと掴まれて、莉美は引き上げようと腕に力を込める。やはり、莉美の手を握っていたのは人間の手……着物の端が穴から出てくると、すぐに天天が齧りついて、穴からそれを引き出した。
地面に引き上げられた男は、ドサッという音とともに力なくその場にくずおれる。びっくりしていると、楊梅が穴の中からひょいっと出てきた。
「どうやら、ここに入っていたようだ。起きられるか、燕青」
楊梅は燕青の身体を上向きにし、頬に手を当てる。倒れたその顔を見た瞬間、莉美は息を呑み込んだ。
「し、死んでる……!?」
すると、燕青がうっすらと目を開けて莉美を睨みつけた。
「……お前、俺を勝手に殺すとはいい度胸しているな」
「燕青、しゃべるな。すぐに手当てする」
どういうことだと莉美は混乱したまま固まった。
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