第10話
*
凱泉の主は瀟洒な朱塗りの
「無事、手中に収めることができましたね。まさか、
「凱泉も、仙星だと思うか?」
「是。あのような力、それ以外ありえません。巫術や妖術の類ではないでしょう」
自分で
安定していないところを見ても、史実に明記されている性質と一致する。
「問題がありすぎる、というところがな……」
唸っている楊梅に、凱泉は苦笑いをしながら冷めてしまった烏龍茶を淹れ直した。
「ですが楊梅様は結果として貴重な人材を手に入れました。それに、あの能力は使い方次第では脅威でしかない……保護しておくほうが安全です」
「それは否めない」
鄧将軍が治めているこの
これよりさらに南下すると、南西側に赤龍国、南東側に青龍国がある三国の境だ。つまり、重要な場所である。
しかし、五龍大陸の国は不可侵条約が締結されているため、明らかに隣国間での争いが起こることはない。問題は、そのほかの民族だ。
ただ、赤龍国はいいとして、黄龍国と青龍国の仲は良いとは言い切れない。青龍国は海に面しているため、海洋民族との交流がある。青龍国を通過し、五龍国以外の民が襲ってくる可能性は極めて零に等しいとはいえ、無ではない。
そして未州の城郭の要ともいえるのが、南の二国に近い楽芙だ。
だが現在、それよりも黄龍国内で一番の悩みの種となっているのは他でもない自国の皇帝と皇太后の問題である。
五年前に前皇帝が崩御し、半数の家臣の反対を押し切り、当時の皇后との間に生まれた
彼は龍のお印だと言われる長い金色の髪を持つ。非常に頭脳明晰で冷静だが、奥手すぎて政治に向いている性格ではない。特に武術の才はなく、戦術においては希望が持てないとさえ言われていた。
だが、ほかの皇子たちが次々に不審死し、皇帝までもがいなくなったことで璿環が皇帝になってしまったのだ。
さすがにお印も実績もあることから、一時はこのまま見守る動きとなった。ところが、皇太后となった皇后が裏で実権を掌握してしまい、国が混乱し分断している状態にある。
皇太后派と反朝廷派とで拮抗しているが、禁軍五十万の権限を持ち印持ちの璿環皇子の後ろ盾である皇太后派が優勢なのは確実だ。
そんな彼女が今現在狙っているのもまた、この楽芙だった。
彼女は、楊梅の
だから、北の
明らかに、鄧将軍の留守中を狙った皇太后の罠だ。
適当ないちゃもんをつけて楽芙を攻め落とし、掌握したいと狙っているのは目に見えている。だが、本当にそうなることはまずないはずだ。
「まったく。他民族からの侵略ではなく、自国からの攻撃に備えないとならないとはな」
楊梅がそうため息を吐くと同時に、凱泉が心得たように香りの高い茶を差し出す。
「楊梅様がぼんくらであらせられるのが、悪かったんですよ」
「はは、ちがいない!」
皇太后が恐れているのは鄧将軍と、その精鋭の部下たちだ。街中で阿呆呼ばわりされている息子、それも養子など蟻を捻り潰すよりも容易いと思っていることだろう。
「ところで。顒の一件は、仙星が絡んでいるのではないかと囁く老人たちもいます。早めに手を打ってもなにも問題はありません」
楊梅は熱い茶に手を伸ばしながら、少女の姿を思い浮かべる。
まだあどけなさが残り、さらに言えば洗練されていない容姿ではあったが、あの力は人を惹きつけるのには十分すぎる。
たった一刻(約三十分)で、街の東側の建物を数多く破壊した。城壁ではなかったのがせめてもの救いで、死人が出なかったのは奇跡だ。
本人にその意思がなかったとはいえ、化け物を生み出す力があるとなると、悪用されるわけにはいかない。
特に、皇太后には知られてはならない。
「少し彼女のことを調べましたが、
それはそうだろう、と楊梅は頷く。彼女の枕元に置いてあった手袋は、物を握ることができないように、指を固定するためのものだった。
「彼女の絵を観てみたいな」
凱泉は作業していた手を止めた。
「それを言い訳にして、仕事を抜け出すのはおやめくださいね」
「先に言っておこう。凱泉には迷惑をかける。すまない」
「謝るなら、もう少し申し訳なく思っている顔で言ってください」
小言を言われた楊梅はくすくす笑った。
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