第8話
莉美が話し終えるまで、楊梅も凱泉も黙って聞いてくれていた。
時折驚いた顔をしたのは、『描いた絵が生命を持ってしまう』というところだ。楊梅は顎に手を添えながら、今しがた聞いたことを頭の中でまとめ始める。
「……なるほど。ではお前が生き物の絵を描くと、生命を持ってしまうのか」
「その通りにございます」
「そして、描いた時『顒』はただの絵だった……なのに、血が付着したことによって命を得た」
あの時の妖魔は生まれてくる気配など無かったから、絵として成功したものと思っていた。
しかしいきなり血に触れて動き出してしまったのだから、莉美の血が原因なのはたしかだ。
抜け出した後も輪郭がぼやけていた絵は、そのあと莉美めがけて襲い掛かってきた。長い舌で手のひらを舐めてきたのを鮮明に覚えている。
初めのうちは莉美を追いかけるようにして飛び立った顒は、その後なにかを見失ったように暴れはじめてしまった。
「矢を眉間に受けたあと、避難が終わって家に帰ったのですが……」
莉美はすぐに家の中庭に行き、落ちていた顒を描いた台紙を拾い上げて確認した。
恐ろしくなってすぐさま紙をびりびりに破いたあと、上から水をかけてぐしゃぐしゃにした。そうしているうちに家人たちが戻ってきて、あとは痛かったことしか覚えていない。
「親きょうだいにも、同じような力を持つものはいるのか?」
楊梅に訊ねられ、莉美は首を横に振る。生命を生み出してしまう謎を抱えているのは莉美だけだ。親族がいるという話は聞いたことがない。
「お前はもしかして『
「……?」
「仙を祖先に持つ黄龍国国民は、先祖返りをして仙力を持つものが生まれる――彼らのことを『仙星』と呼ぶ。聞いたことくらいあるだろ?」
「ありますが、それは
「
楊梅はじっと莉美を見つめてくる。
「本当に、世の中には仙星がいるのですか?」
「ああ。仙星が出現する理由は、お前も知っているだろう?」
「……
その通りだと楊梅は頷く。かつてこの黄龍国を傍若無人な王から救った若者は、国中にいる賢人とともに王と戦った。
賢人たちは時として後の皇帝となる若者の盾となり、槍となり、そしてよき友となった。
賢人たちは仙の力を得て尽力したのち、友である新榮帝の死と同時に皇帝の陵墓の横の寝殿に祀られた。
それ以来、皇帝となるものには黄龍のお印が、仙の力を開花させた者には不思議な力が現れると言われている。それは時代によってまちまちだが、特に苦難の時代ほど多くの仙の友、つまり仙星が現れるというのは史実上明らからしい。
しかし、そんなものが身近にいるわけがない。文字通り雲の上の話だと思っていたくらいだ。いきなりそれが自分だと言われて、莉美が納得できるわけがない。
だが、この力に困っているのだけは事実だった。莉美の胸中を読んだように、楊梅は言葉をつづけた。
「これは近年わかったことだが、仙星の持っている能力は、本当の意味で必要とされているところに納まらなければ安定しないらしい」
莉美はパッと顔を上げた。それは、今まで聞いたことのない話である。たとえ自分が仙星でなかったとしても、絵を生み出す力を安定させることの鍵かもしれない。
「場所や仕事を変えると、力が安定するということでしょうか?」
「かもしれない、ということだ」
力が不安定だった仙星の官が、部署替えをしたところ能力を発揮したのだという。そんな報告が、ちらほら上がってきているのだと楊梅は教えてくれた。
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