祓除少女

華野 香

仔犬編

第1話 祓除少女


 この世には、見えてはいけないものが数多存在する。


 関わってはいけないものが多数存在する。


 そのほとんどは、普通の人が普段目にすることは、基本的にない。


 そう、、は。


 私は地面を精一杯蹴って、迫りくるものから必死に逃げていた。


 眼前の木々を駆使し、決して追いつかれないように、背後の異形から逃げ回る。


 もう、この状況を数十分続けている。


 戦わなければ・・・


 そう思ったところで、木の幹に足を躓かせ、前のめりに転んでしまう。


 立ち上がろうと地面に手をついたところで、フッと地に影が差した。


 見上げると、こちらを見てにんまりと笑う泥だらけの男の顔が。


 ゆっくりとそれがこちらに手を伸ばしてきて・・・


「止めろ」


 低い声が響いた。


 泥だらけの男の動きが止まる。


 そうして近くの木から、父がゆっくりと降りてくる。


 その顔は、酷く落胆の色に染まっていた。


「・・・これで7度目の実践演習だが」


 前置きして、


「美玖、お前に成長が見えないのは、何故だ?」


 睨みつけながら言ってくる。


「お前の2人の兄は、どちらも現場で戦っているというのに、何故お前だけこんなにも出来損ないなんだ?」


 私は思わず下を向く。


 唇を嚙む。


 兄と比べるな、私には向いていない。


 他にも言いたいことは山のようにあった。


 でも、言えなかった。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 私は、残念ながらそういうものが『見えてしまう』体質なようで(私の家族全員だが)、生まれた時から私の運命は決まっていたようだ。


 私の家は、表向きは神社の神主一家だが、本来の生業は、この世の悪意を持つ妖怪や幽霊を退治することだ。


 掟により、16歳から現場で戦わなくてはいけないが、私は半年経っても現場に立てずにいた。


 その理由は・・・


「そろそろお前も出ろよ」


 夕食の席で、長男、和馬かずまは言う。


 父の英才教育を1番長く受けている彼は、頭角を現すのも1番早かったし、業界内でも優れた成績を残している。


「もう16だ。掟に従えば、現場に出る歳だろう?体が弱いわけでもあるまいし、早く掟に従えばどうだ?」


「まぁまぁ、兄ちゃん。そのくらいで」


 次男の双葉ふたばが宥める。


 そうしてこちらを向いて、自分のペースでいいからね、と笑う。


 その様子を見て、和馬はため息をつく。


「・・・争いも今は熾烈になっている。その上、人手が足りないのも事実だ。すぐに戦えとは言わない。だが」


 そこで一口、お茶を口に含み、


「早急に『契約』を結べ」


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 私たちは、悪意のない討伐対象と『契約』を結び、その力を借り受けることで仕事をしている(もちろん基礎的な身体能力は必要だが)。


 和馬も双葉も、何と『契約』しているかは知らないが、何かしらの『契約』を結んでいるらしい。


 私はその段階まで行っていない。


 妖怪や幽霊の姿は見えても、そのほとんどが悪意に満ちていたり、『契約』を結ぶには弱すぎたり。


 中々好条件な相手を見つけられない。


 兄たちのようにはなりたいとは思えど。


 私には才能がなさ過ぎた。

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