第227話 記憶の賢者
昨日は会場到着後に皆をハウジング内に案内、その晩は魔獣の肉も追加して大そう賑やかな宴になった。
パジェが大泣きした時はどうなる事かと思ったが、この時も妊婦さんが「人恋しいのでしょう」と優しくあやしてくれて収まった。
そして今、超気分が良い。
旨い飯の後の十分な睡眠、今朝はとても目覚めが良い。
なので今日から本気を出そうと思っている俺、クルトンです。
いつもより早めに目が覚めた俺は、運動がてらひとっ走りするのに合わせて周辺の警備、狩りを行う。
陽が昇りきる前に済ませてしまうつもりだ。
食糧は持ち込んだもので十分な量はあるのだけれども、やはり自前で準備したものは安心感が違う。
疑う訳ではないが出所がはっきりしているからね、俺が狩るものだし。
それに持ち込んだものは俺が内容を指示していなかった事もあって、国が気を使ったのだろう。
かなり品質の良い食材が揃っていた。
これも大変有難い事ではあるが安全を確保したうえで『通常生活の影響』を検証するのも今回の目的の一つ。
家畜ではないジビエに近い野生そのままの食材も試してもらう予定である。
あ、こんなところに芋の蔓が有るじゃないか、これ蔓の方を干してから水で戻して使うと適度な歯ごたえとスープを良く吸って旨いんだよな。
よし、採って行こう。
東の丘から完全に太陽が顔を出し、皆がそろそろ起き出してくる時間帯、ハウジング内に戻り今朝狩った獲物を捌き調理する。
今日は雉が2羽、野豚を1頭狩る事が出来た。
どちらも内臓は臭み消しを行うので朝のうちボイルして夕方のスープ用に下拵えを進める。
肝臓だけは痛みがすこぶる早いので朝のうちに皆で分ける。
流石に昨日の魔獣の肝臓は怖くて加護持ちの方には試せなかったので、今朝の食事で食べる肝臓は多分加護持ちの方達は初めての味じゃなかろうか。
内蔵、特に肝臓は旨味が凝縮されている分、毒性も強い。
美味い分だけ危険なのだ、一般人なら全く問題ないが来訪者の加護持ちの方達は毒への耐性がかなり低いからね。
準備していた竈と鍋を使い、持ち込んだ葉物野菜をバターで炒め、皿に移す。
そのまま刻んた脂身を投入し脂が鍋に馴染むと少々薄切りにした野豚の肉を部位関係なくぶち込み炒め塩、胡椒(これも物資に入ってた)、ハーブで味を調え先に盛った温野菜の上に盛り付け一品完成。
特に難しい工程は無い、全部焼くだけで済む料理。
もう一つの竈には鍋に湯を沸かし、これまた持ち込んでいた根菜の皮を剥きぶつ切りにして投入、煮込んでいた。
此方も塩と少々の唐辛子を入れて味をなじませ完成。
総勢20名を超える量をいっぺんに作る為、皆で協力して朝食の準備が整うと予め俺が建設していた街の食事処の様な建屋に皆集まり、最後にパンを貰って食事を始める。
「・・・、・・・」
「ムフー、ムフー」
「ムグムグ、モグモグ」
室内には木で作った食器が触れる軽い音と各々の息遣いだけが響き、皆一心不乱に食事をしている。
「もう少しゆっくりでもいいですよ、まだ有りますから」
昨晩もそうだったが、腕輪の効果で一般人と変わらぬ食事が出来るようになった加護持ちの皆さんは、味覚に意識を集中しているのか口数が極端に少なくなる。
カニ食ってるみたいに。
今朝の食事も事前に確認していた食事量を大きく上回っていた事もあって、産婆さんも受け持っている加護持ちの妊婦さんの周りでソワソワ心配していた。
「一応デザートで冷たいヨーグルトも準備してるので、その分も考えて食べてくださいね」
そう言うな否や加護持ちの方全員の首が物凄い速さで”グリン”とこちらを向き、11人の視線が俺に突き刺さる。
その内の一人、ヘリザンテーマ姫様は”ハッ”と我に返り耳まで赤くして俯いていた。
だけど口は休まずモグモグしてますよ。
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「クルトンさん、ヨーグルト美味しかった!」
「あのひよこ豆のコンポート?の甘みとヨーグルトがとても良く合って絶品でしたわ」
「きっと、お高いのでしょう?」
甘味は皆に好評で、特に子供と女性は態度が分かり易かった。
配られた甘味は早々に無くなり、味わいながら食べている男性陣を羨ましげに見ている子供、女性陣達。
いや、配った量は皆同じですからね。
因みにひよこ豆で作ったのは甘納豆。
保冷庫に保管しているのと砂糖マシマシで煮詰めてあるから意外に日持ちする。
何気に俺も大好きだ、甘納豆。
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検証と言っても凡そ1週間、こんな緩い感じで進めていく。
運動がてらちょっとした畑仕事もやってもらっているが、平民からすれば何のことは無い一般的な生活。
いや、運動量は少ないかな、あと食事の質も断然上か。
ただ、食事は旨味の多い食材をあえて選んで使用しているから毒性は少し強いだろう。
腕輪への負荷をこちらの意図したものに調整してるつもりではあるが。
毎晩、夕食後に腕輪に残るログを確認してその機能がどの位動作しているかの記録の内容を表にまとめグラフにする。
それが外的要因、環境によるものか、素材の純度などの品質や付与術式の性能によるものなのかも随時判断、記録していき問題点に成り得る気になる箇所を洗い出していく。
その最中レイニーさんが俺の机まで来て覗き込んできた。
「ほう、前から思ってたんだがお前の書類の作り方は独特だよな。
ああ、誉めてるんだ。見事なもんだよ、とても分かり易い」
そうですか?自分ではあまり感じませんけど。
「文官連中は理屈っぽくて、言ってる事がじれったくて良く分からんし、俺たちは俺たちで頭の中の事を文字に起こすのがどうにも苦手だ。
その点お前の書類は読まなくても見て分かり易い」
ああ、鍛えられましたからねぇ・・・。
「・・・誰から?」
!いや、何と言いますか・・・その、色々と。
「『記憶の賢者』だったか?」
何ですか、ソレ?
「『記憶の底の知識』、お前の中の賢者が教えてくれるんだろう」
ああ、知ってましたか・・・しかし、そう言う設定になってたんですね。
ボンヤリした曖昧な記憶を拾っているだけなんですけどね。
瞼を閉じて前世の俺の姿を思い浮かべる。
今頃になってようやく気付く。もう、本当にボンヤリとしか思い出せなくなったみたいだ。
そりゃそうか、自分の顔なんか鏡でしか見れなかったものな、写真に映る事もあまり無かったし。
そんな時、
少し、ほんの少しの間だけ・・・前世の俺が寂しそうに笑う顔が見えた様な気がした。
ボンヤリと。
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