第137話 日常に漂う
騎士団にシンシアがお世話になってから凡そ1か月、朝は俺が送って行き業務の開始に合わせて治癒魔法について不明点や難しくて進捗が遅いところを一緒に確認している。
騎士団の皆から可愛がられてる事もあり、特に大きな問題は発生せず確認が終わるとそのままカサンドラ宝飾工房に向かうというルーティーンを熟している俺、クルトンです。
王笏のデザインも五案それぞれ細かい修正をかけ、これなら陛下に見て頂いてもいいだろうと言う所まで検討し終わった。
と、言う事はもう一度王都に行かなければな。
今回はシンシアも誘ってみようか、おいそれ行く事も出来ないからね。
王笏のデザインは5案それぞれ異なるが、付与する内容は決まっている。
なのでそれについては迷いはしないのだが1点だけ検証が必要な事が有る。
治癒魔法の付与による再現、これは厳密に言えば実績が無い。
疲労軽減等の付与を施した事はあるがムーシカなどをフルスピードで馬車を引かせた際に損耗していく体の各細胞組織については俺がリアルタイムで直接修復していた。
これと同じ事が出来る様に王笏に付与しなければならない。
このために刻印する内容、条件、を書き出していくと前世医者でもない一般人の俺の知識でも膨大な量になった。
いや、まだ終わっていない、まだ書き出している最中。
スキルに内包されている知識も書き出している。
もっと曖昧でも治癒魔法は発現するだろうが、発現させようとする事象に至るまでのプロセスを出来るだけ詳細に定義づけする事で、発現スピード、必要とする魔素、魔力量、行使する人間、魔法の効果を享受する患者などの負担、必要とするコストなどがえげつないほど軽減していく。
ならばできる事はすべて行うべきだろう、なんたって王笏なのだ。
そもそも発現させる準備の為の付与もしていかないといけない。
魔法を行使する為のエネルギー確保の術式とか、目標設定の為の術式とか、術者の魔法切れを防止する為に体内魔力残量と必要魔力量との比較術式とか。
特に魔力切れの付与は以前作った光る警棒には無かったもの。
あれは試作実証機の要素が濃い作品だったからね。
陛下が使用する為にはリミッターの様な機能も必要になるだろう、魔法打ちすぎて倒れたでは大問題だ。
為政者の命を削ってまで使用するのは間違っている、と思う。
取りあえず内容をひたすら書き出していき王笏に反映させる。
ただし今後も有効な内容が確認、発見、発明されるかもしれないから拡張分の余白は残しておく。
これを書き出した後はこの付与術式に効率よく魔力が循環するように付与の順番、配列等を虱潰しに確認、検証していく作業。
新しい付与術式の開発はいつもこの作業が付きまとう。
付与術式を刻印しだした初期はさほど気にせず、今思えばかなり乱暴な作業をしていたが、ここ一年で、特に姫様の腕時計を製作していくうちに徐々にノウハウが蓄積していき、そのノウハウを活かす為に検証を進める度に術式の刻印数が増えていった。
当然、発現する効果も効率も場合によっては桁飛ばしで改善されていった。
やる事は増えるがやれることを全部試せるなんて考えれば贅沢な仕事だ。
予算を気にせず開発に没頭できるんだから。
一種の公共事業的な金の使い方なんだろう。
国家、王族の予算を使って品物を開発、そこから一般国民へ広く普及させるための廉価版の量産品製造。
こんな感じで民間が自前で調達しなければならない研究開発費を軽減させる事が出来るんだろうな。
「今日はここまでだな」
そう呟くと丁度親方がお茶を入れたポットと自分のカップを持って部屋に入ってきた。
「よう、一服しようや」
そう言って俺のカップにお茶を注ぐ、そして自分のカップにも注いだ後雑談が始まる。
「今度いつ王都行くんだ?」
ん~、デデリさんの馬車の仕様を決めてからですかね。
取りあえずその仕事のとっかかりでも始めないと暫く手を付けれなくなりそうな感じがして。
「その馬車の丁番とか内装の縁金具とか俺んとこに回せる仕事はあるか」
ありますけど・・・今この工房大忙しですよね、余裕あります?
「余裕はないが若い衆の勢いが凄くてな、今までにない程目がギラついてやがる。経験上こんな時には無理をしてでも仕事した方が腕が上がる。もちろんそれなりの食事と休息は必須だがな」
うーん、無理はしてほしくないのですが・・・シンシアに頼んでみるか?
俺が按摩や治癒魔法かけてもいいのだけどせっかくの練習d・・・ゲフンゲフン患者が居るんだから聞いてみるか。
「ん?治癒魔法師の嬢ちゃんの事か」
まだ治癒魔法師になってはいませんよ、見習いです。
「だが結構な腕前なんだろう?ダンデライオンで脇で飲んでた騎士さん達の話題に出てたぞ、シンシアってスゲー奴が来てくれたって」
コンプライアンスぅぅぅぅぅぅ!
「なんだよ、いきなりコンプなんとかって」
法令遵守の事ですよ!・・・って、そういや個人情報に関わる法令ねえなココ。
「とにかく若いもんが活躍するって事はこの先数十年は安泰って事だろう?いい事じゃないか」
そうなんですがあんまり期待を掛けすぎるのも良くないと思うんですよ。
出来る事とそうでない事が有るのに出来る様になるまで無理するようになっては早々につぶれてしまいます。
無理せず成長してほしいのですよ、まだ10歳ですし。
「しっかり面倒見てやれよ、師匠なんだろう?」
面倒はちゃんと見てますよ、弟子が優秀なので手はかかりませんが。
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