第39話 暴走
「ここは……私の部屋」
太郎くんが転移魔法を発動させるのを止めようとしたが間に合わなかった。
そういえば、小田くんとフィオナ様は同じ場所にいんだった。
あの場所なら一度行ったから覚えている。
すぐに家を飛び出してラボへと向かうのだった。
「桜木殿、ようこそおいでくださいました」
「よく来たなあいな、待っていたぞ」
小田くんのラボ? 家? に着いてチャイムを鳴らして家に入ると2人がいた。
2人はテレビをつけていた。それはダンジョンに居た時に見ていた魔王城を攻略する番組だ。
画面を見ると鬼瓦さん達は魔物によって作られた道を歩いていた。
「これ今何階なの?」
「今ちょうど4階に来たところでござる」
私が挨拶も忘れて質問すると小田くんが答えてくれた。
「そうなんだ……2人はこれからどうするの?」
「私はここで待機するつもりだ。魔王様からの命令だからな!」
う〜ん。フィオナ様の太郎くんへの忠誠度本当に凄いよね〜。見ているこっちがその関係大丈夫なの? って心配になってしまう。
まあ太郎くんは悪いことをするような人ではないけど、それでもだ。何かの気の迷いでエッチなことを言われたらそれを実行しそうだ。
「拙者はすぐにでも太郎殿の元へ行きたいのですが……」
チラリとフィオナ様の方を見る小田くん。
フィオナ様の手前自分だけ行きずらいのだろう。
「私も行きたいんだけどね〜あの人混みを抜けるのはかなり難しいと思うよ〜」
私としてもすぐに行ってあげたいけどダンジョンの前には警察や野次馬、配信者が沢山いる。それらを無視して強行突破というのは出来ないだろう。
フィオナ様ならダンジョンに帰還できる魔法があった筈だけど……
「言っておくが、私は戻る気はないぞ。魔王様の命令だからな。信じて待つというのも家臣としての務めだ」
やっぱりダメか。
「まあ太郎くんにも考えがあってのことだろうし、ここで待つとしますか!」
結局私に選択肢など無かったのだ。太郎くんに転移の魔法を使われた時点であそこには戻れないのだ。
私は誰も座っていない椅子に座ってテレビを見るのだった。
「……すごっ。太郎くんってこんなに強かったんだ」
あれから少し時間が経ち天下五剣がボス部屋まで辿り着き戦闘を始めたのだが、少しして発動した重力を操る魔法。あんなものチートだ。
それに加えて転移魔法の瞬間移動に属性魔法まで使っている。
普通あれだけの力を持っていれば、威張ると思うのだけど、太郎くんはそんなことをしないし、この前だってヤクザみたいな人に囲まれて顔を青くしていたのだ。
「ふむ。あれでも魔王様は力を抑えているな」
「嘘!?」
「嘘でござる!」
驚きのあまり声を出してしまう。フィオナ様が嘘をつく筈ないが、疑ってしまう。
「嘘をつく理由がないだろ? 魔王様が本気で魔法を使ったらあの3人の体は耐えられていないだろうな。天下五剣の鬼瓦とやらはまだ耐えられるだろうが、他の体が崩壊するだろうな。魔王様はそれを分かっているからあの程度の力で抑えているのだ」
さらに映像は進んでいき、鬼瓦さんは自ら切り札と名乗った鬼人化という能力を使った。
それまで余裕そうにしていた太郎くんも結構焦っているみたいだ。
だが、レーヴァテインを取り出して優勢になったかと思った瞬間レーヴァテインが太郎くんの腕に絡みつき始めた。
「まずい……レーヴァテインが久しぶりの血で暴走している!」
暴走とはなんだろう?
「暴走!? なんでござるか! それは!」
小田くんも同じ考えに至ったようでフィオナ様に尋ねた。
「レーヴァテインが元々人から作られた魔剣という事は知っていると思うが……」
「初耳だよ!」
私が突っ込むと小田くんも頷いている。
人から作られたってどういうこと!? そんないわく付きの剣を使ってたの!?
「む? 知らなかったのか。まあいいあの剣は生きていた人間を改造して作られた魔剣なのだが、そのせいであの剣には自我があるのだ。だから魔王以外の者が使用すれば正気を吸われてしまう魔剣なのだが……」
私も小田くんも黙ってフィオナ様の言葉の続きを待つ。
「かなり長い間誰も扱っていなかったせいで血を吸っていなかったのだ。そして先程魔王様があの人間を切ったことにより、魔剣が暴走しているんだと思う。私もあの状態のレーヴァテインを見るのは初めてなのだがな……」
「それって結構やばい状態なんじゃないの?」
「結構どころではない。かなり危険な状態だ。あのままでは自我を飲まれてしまうぞ……」
テレビの画面では重力魔法が解除されていた。
そして逃げろと言った筈なのに太郎くんが鬼瓦さんに飛びかかった。
言っていることとやっている事が無茶苦茶だ。
そこでテレビクルーは撤退し、映像がスタジオに戻った。
「こ、これはかなり不味そうでござる」
「フィオナ様! 今は緊急事態だよ! 太郎くんの命令を破ってでも私たちも行くべきだよ!」
「し、しかしだな。私達を命令をされて……」
この頑固頭! どれだけ太郎くんに忠誠を誓ってるのさ!
「太郎くんと命令、フィオナ様はどっちが大事なの」
「……当然魔王様だ。仕方ない。緊急事態だ。あいな、若葉、私に捕まってくれ」
「わかった!」
「了解でござる!」
私達はフィオナ様のことを掴んだ。するとフィオナ様が何かを呟くとボス部屋にいた。
目の前では太郎くんの猛攻を鬼瓦さんがギリギリで耐えていた。
「ッ!? お前達は何者だ! まさか魔王の手下か! ッく、魔王だけでも精一杯だってのに……」
鬼瓦さんは愚痴るように呟いた。
「そうだ。魔王様命令に背いてしまったこと申し訳ありません」
フィオナ様はその場で片膝をついた。
「許す……ただしこいつを殺せ。命令だ」
先程まで剣を振り回していた太郎くんはぴたりと動きを止めてそう言った。
そして次に私と小田くんの方を見た。
うっ、なんて威圧だ。
「2人もだ」
短くそう告げると太郎くんはまた暴れ始めた。
太郎くんは正気じゃない。一目でそう分かった。人を殺せなんて私たちに命令するはずがない。
私の知っている太郎くんは優しくてたまに抜けてるそんな太郎くんだ。
「魔王様……」
まずい。フィオナ様は太郎くんに絶対の忠誠を誓っている。このままだと太郎くんの命令通り鬼瓦さんを殺しかねない。
が、いつまで経ってもフィオナ様は動かない。
「魔王様の命令なのに……私は奴を殺したくない……もし奴を殺したら魔王様が2度と戻らないようなそんな気がする」
フィオナ様は弱々しくそう呟いた。
「フィオナ様。太郎くんは今正気じゃない。私達で止めてあげよう」
「そうでごさる。盟友として太郎殿をあの状態にするわけにはいかないでござる」
小田くんも同じことを考えていたようだ。
「だが、私は魔王様に剣を向けるなど……」
フィオナ様は動かないでいる。
「おいアンタら! 見てるだけなら助けてくれないか! 今の魔王は何かおかしいんだ!」
鬼瓦さんの方も見るとかなり傷だらけだ。血も出ていて痛々しい。
「仕方ない……行くよ! 雪風ちゃん!」
私は持ってきていた武器を構えて、太郎くんへ向けて走り出した。小田くんを雪風ちゃんと呼んだのは身バレ防止のためだ。
「分かったでござる! エンジェルに合わせるでござる!」
エンジェル!? 小田くんが気づいてくれたのは嬉しいけどなんでエンジェル!? もしかして私が天使のように可愛いから〜って今はそれどころじゃないか。
私は鉄槌を太郎くんへ向けて振り下ろした。
「? 何故俺へそれを振り下ろす」
頭容易く塞がれてしまったが狙いはそれじゃない。
「忍法! 五月雨!」
後ろで忍術によって生み出された水の針が太郎くんへ襲いかかった。
「お前もか……」
「アンタら協力してくれるって事は味方でいいんだな!」
「今だけだよ! 魔王様が正気に戻ったらすぐに貴方を倒すから」
「へっ、それでも構わないさ。そこのチビ! お前は魔王と同じで不思議な力が使えるのか?」
「不思議な力ではないでござる! これは忍術でござる!」
「そうか! なんにせよそれがあれば戦況は変わるだろうな。俺とピンク髪で前に出るお前は援護だ」
「命令するなでござる!」
小田くんのいうようにいくら凄い人とはいえ命令はされたくないかな。でも今はそんな事言い合っている状況じゃない。
「そうか。お前ら……俺の邪魔をするなら死ね」
死ね。その言葉が聞こえた瞬間ぞわりと嫌なものを感じる。これは普段から感じる殺意とは別物だ。それ以上の殺意。恐怖で息ができない。
こんな状態の太郎くんと鬼瓦さんは向かい合っていたのか。
自分を強く持ち大きく深呼吸をして太郎くんを睨みつける。
すると太郎くんが凄い勢いでこっちにきた。
「ンッ!」
本気で踏ん張るけど力が違いすぎる。重い。
私はその一撃で簡単に吹き飛ばされてしまった。
「忍法! 足踏み!」
太郎くんの影の上で忍術を発動する小田くん。太郎くんは動けなくなっている。
「っ……動かん……」
「ナイスだガキンチョ! これで終わらせてやる!」
「終わるか」
「なんとっ!?」
太郎くんは転移魔法で小田くんの背後を取ると蹴りを入れた。小田くんが簡単に吹き飛ばされてその先にいた鬼瓦さんも巻き添えを喰らってしまった。
「その程度か? なら終わらせよう」
ゆっくりと小田くん達の方へと歩いていく太郎くん。
「ダメ! ダメだよ!」
私の声も届かない。まるで死神のように一歩また一歩と距離を詰めていき、鬼人化の解けてしまった鬼瓦さんの前で、立ち止まった。
そしてゆっくりと剣を振り上げた。
「やめるでござる!」
「やめて!」
「……ここまで、か」
私達の声も虚しく剣が振り下ろされた。もうダメだ。そう思った瞬間カキィンと何かがぶつかる音がした。
フィオナ様だ。フィオナ様が太郎くんを止めてくれたのだ。
「なんのつもりだ? フィオナ」
「申し訳ありませんが、今の魔王様の命令は聞く事が出来ません。そして魔王様の体を乗っ取っているレーヴァテインよ、覚悟しろ」
「ふっ、乗っ取る? 俺は俺だ。でもまあ……俺の前に立つって事はお前も死ぬって事でいいんだよな?」
太郎くんのその言葉が開戦の合図になり互いに魔法と接近戦のおうしゅうを繰り広げるのだった。
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