アイドルを助けたら冤罪をかけられたけど、後悔はしていない

一本橋

第1話 放課後の屋上にて

 放課後の夕暮れ時。


 屋上において、すっかり冬景色になった校庭を眺めてはボーっとしていた。


 いつもなら部活動に励んでいる頃合いだが、休養日であるので仕方がない。それに加え、今日に限ってバイト先は休店日。


 かといって、居心地の悪い家に帰るのは嫌だ。という事で、こうしてただただ時間を消費しているのだ。


 こういった時、仲の良い友達がいればどこかへ遊びに行ったりするのだろう。だが、生憎そんな友人と呼べる親しげな存在はいない。


 その理由は簡単。俺、加藤一樹かとう いつきは訳あって、同学年のクラスはおろか、学校全体から不良という扱いを受けている。

 そのため、距離をとられるのは当たり前。酷いときは陰口さえ言われることもある。


 そんな俺でも唯一、部活の仲間だけは普通に接してくれている。もちろん、全員が全員そうだとは限らないが。それでも正直、どれだけ有り難いと思ったことか。


 自分のおかれた立場に気がふさぎ、物思いに沈む。目線は知らぬ間に下へ下へと向いていた。


 そこへ、ぎいっとドアを開ける音が憂鬱な気分に水を差した。


 滅多にないであろう屋上への来客に、自然と目がいく。


 第一印象は美人。次に、小柄で小動物のような愛らしさを感じさせる容姿。そんな彼女の名を俺は知っている。


 逢坂日花あいさか にちか。学校の有名人にして、人気アイドルグループの一員である。


 普段のふわふわとした明るい雰囲気とはうって変わって、今の彼女は暗く心中穏やかではなさそうな様子だった。


 予想外の先客だったのか、俺の存在に一瞬は目を奪われたものの、気に止めることはなかった。


 颯爽と俺の横を素通りすると、そのまま柵へと手を伸ばす。嫌な予感がしてならない。ふと、自殺という物騒な文字が頭を過る。


 そして、それを裏付けるよう彼女は柵の上に立った。


 どう見ても普通じゃない。考えなくても分かる。


 何となくだが、止めなくてはという使命感に駆られ、思考よりも先に口が開く。


「やめておけ」


 そのとっさの一言に、今にも身を投げだしそうな勢いの逢坂は振り向いた。


「止めても無駄、邪魔しないで」


 突き放すような口調で、冷淡な態度をとる彼女。想定していた通りの答えとはいえ、焦りから冷や汗が頬を伝う。


 こういう時こそ冷静になるべきなのだろうが、そんな余裕はない。


 逢坂は深呼吸の後、腹を括ったような面持ちになると、足を一歩進めた。


 次の場面では、前へ倒れ込むように柵から落ちた彼女を俺の腕が抱えていた。


 そのまま、体の全てを使いきるつもりで逢坂を引き上げる。勢いに身を任せていた俺は尻餅を付き、その上に逢坂が覆い被さる。


 もし間に合わなかったらという極度の緊張からの安堵に、強張っていた筋肉が緩む。

 それと同時に、呆然としていた逢坂が我に返り暴れだす。


「離して、離してってば!」

「いいや絶対離さない!」


 泣き叫ぶ逢坂を押さる。


 そして、自暴自棄になっている彼女に届くよう、腹の底から言葉を発する。


「俺が側にいるから! だから、落ち着いてくれ!」

「……なんなの、意味分かんない! あなたに私の何が分かるっていうの!」


 そう言っている逢坂だが、心に伝わったのか次第に抵抗する力が弱まっていくのが分かった。




 ──それからしばらくして。あれから十数分経っただろうか。


 取り乱していた逢坂は落ち着きを取り戻し、いくらかましな顔になっていた。


「落ち着いたか?」

「…………」


 無視か。

 沈黙を貫く逢坂。


 それもそうか。無理に止めたんだ、恨まれてもおかしくない……よな。


 そう考えると、嫌でも憂鬱になってくる。


 思わずため息が出そうになるが、


「おかげさまで……」


 逢坂の重い口から出た言葉を前に、引っ込んでしまった。


「それで、いつまで抱き付いてるの?」


 ギロッと、鋭い目付きで睨まれる。俺は慌てて逢坂から離れた。


「……変態」


 心外だ。


 下心があった訳ではなく、純粋な気持ちで助けたというのに。


 込み上げる苛立ちを堪えているつもりだが、少しは顔には出ているだろう。


「悪かったな。だけど、元はといえばお前が飛び降りようとしたのが原因だろ」

「頼んだ覚えはないんだけど」

「…………」


 感謝の言葉が欲しかった訳ではないが、これでは助けた甲斐がないというもの。


「それで、これからどうするんだ?」

「どうもこうも、どうせ止めるんでしょ」

「まあな」


 逢坂は大きくため息を付いた。


「それなら、私の愚痴に付き合って。ちなみに、拒否権はないから」


 目の前で威張る逢坂。どうやら、多少の元気は戻ったようだ。


 また放っておいて自殺でもされたら、目覚めが悪いという考えに至り、渋々付き合うことに。




 ──場所は変わり、三階の廊下に移動していた。


 ガシャンと自販機から缶ジュースが出される。


 それを手に取り、隣にいる逢坂を見る。

 改めてみると、ほんと小さいな。


 長い睫毛に、整った顔立ち。極め付けは、大きな瞳。

 こうして間近で見ると、確かにクラスの男が虜になるのも分かる気がする。


「な、何……」


 ジロッとした目付きで、警戒心を露にする逢坂。


 さすがにジロジロ見すぎたかと反省する。


「オレンジジュースでいいか?」

「……あ、ありがと」


 逢坂が受け取ると、俺は窓を開けて顔を出す。

 肌寒い空気が頬を掠める。俺は缶ジュースに口をつけ、無人になった校庭を見下ろす。


 逢坂はというと、縮こまるようにして前屈みにしゃがみ込んでいた。


 そして、葛藤した末に覚悟を決めたのか逢坂は悩みを打ち明ける。


「…………いじめられてたの。なんか、彼氏さんが私の事を好きになったとかで、フラレちゃったんだって」


 俺は黙って聞き続ける。


「そんなの知らないって。だって、その人とはろくに話したことがないんだよ? それって、その人が一目惚れしたか勘違いしただけでしょ。こっちはとんだ迷惑だっての!」


 徐々に感情が高まり、それに比例するように声も大きくなっていく。


「そんで次──」


 だいたい五分が経過しただろうか。ために溜め込んでいた愚痴もそろそろ終わりのようだ。


「はあ~~、スッキリした!」


 背筋をピンと伸ばし、腕を組む逢坂。気が晴れたのだろう、心なしか満足そうだ。


「一人で抱え込まない方がいいっていうけど、分かった気がする。自殺だなんてバカらしくなってきた」


 続けて逢坂はこちらに顔を向ける。


「あなたに聞かせる愚痴は以上、ご苦労様でした」


 丁寧に頭を下げる彼女に、感心しつつ「どういたしまして」と返した。


「どう、幻滅でもした? 明るくて八方美人な私が、実はこんな本性だって知って」

「別に。ぶっちゃけ、どーでもいい」

「…………。それはそれでなんなムカつく」


 ムスッと頬を膨らませる逢坂。


 確かに、最初こそは意外だと思ったが、大抵の人間は表裏があるものだと思っている。

 熱心なファンであったり、片想いでもしていればショックを受けたのだろうが、そうではない自分には言葉通りどーでもよかったのだ。


「それと……、さっきは助けてくれてありがとう。…………それじゃ!」


 逢坂は照れを隠すかのように、そそくさと去っていった。


 ありがとう……か。


 その言葉を聞いて、自然と俺の表情は微笑んだ。

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