第7話 辺境伯からの使者

 ヒューブナー辺境伯からの手紙はうんざりするほど届き、ついには命令となって降りかかってきた。


 しかも、ご丁寧に迎えの馬車を用意してくれるらしい。クソッたれめ!


 まだオレはヒューブナー辺境伯の命令に対して有効な手を思いつけないでいた。


 屋敷に唯一の鏡で見たオレの顔は、日に日にやつれていった。


 今日も冴えないやつれた顔が鏡に映る。平時ではそれなりにイケメンだったんだが、そんなものはもうどこにも見る影が無い。


 まるでこの世の終わりのような虚ろな目の自分と目が合った。


 この世の終わり?


 そう。この世の終わりだ。


 コルネリアはオレにとってすべてだ。オレはコルネリアの為ならばすべてを捨てられる。それなのに……!


 ヒューブナー辺境伯家を敵に回すことも考えた。しかし、そんなことをしたって潰されるだけだ。


 神はオレを見捨てたのか?


 そりゃそうだよな。オレも神なんて大っ嫌いだ!


「坊ちゃま……」

「わかっている。すぐに支度するさ……」


 このやつれた顔。まるで病人、幽鬼みたいだ。少しでも見栄えをよくしないと、コルネリアに心配されてしまう。


 やつれた自分が櫛で髪を整えようとしているのを見てはたと気が付いた。


 ――――仮病は使えないか?


 今のオレはやつれているだけだが、明らかに病人のような顔をしていたらどうだろう?


 そして、やってきた使者に病気で動けないと言えばどうだ?


 なんなら病弱だった父の病気が遺伝したとでも言えばいい。


 これなら一度目はしのげるかもしれない。


 だが、治癒のギフト持ちを連れてこられたらどうする?


 いや、仮にも父は貴族の人間だぞ。父の病気も治そうとしたに違いない。だが、父の病気は治癒のギフト持ちでも癒すことができなかった。


 これならばいけるか?


 いや、これしかない!


「爺! オレは今から病気だ!」

「はい……?」

「辺境伯の使者を病気でやり過ごす。使者にはこう言え“亡き前当主と同じく坊ちゃまは病弱だ”とな」

「なるほど! しかし、信じましょうか?」

「オレは今から使者に会うまで飯を食べない! できる限り睡眠も削るつもりだ! それなら欺けよう!」

「しかし、坊ちゃま……」

「しかしも案山子もない! 他にいい案があるか?」

「…………」

「それが答えだ」


 オレはその日から飯を断った。睡眠時間もできる限り削った。削った時間で呪いのアイテムの解呪が進んだのは不幸中の幸いだな。


 まさか、寝ている時間にあれだけの聖力を無駄にしていたとは!


 これからも睡眠時間は削って呪いのアイテムの解呪を急ごう。コルネリアの邪神の呪いを一刻も早く治さなくては!


 しかし、コルネリアの顔を見ることができないことだけが心残りだ。こんな顔を見せたら心配させてしまうからな。苦しくても自重しなくては。


 そして、そんな生活を続けていたある日、辺境伯の使者がやってきた。



 ◇



「たのもう! バウムガルテン卿! 我らと共に辺境伯領まで来てもらいますぞ!」


 勝手に屋敷の扉が開かれ、ガチャガチャと金属音を響かせて人が入ってきた音がする。おそらくヒューブナー辺境伯の使者だろう。


 まったく、挨拶も無しに勝手に押し入るのか。格下だからとナメられているな。


「なんですか!? あなた方は!?」

「我らはヒューブナー辺境伯様からの使者である! ジジイ、早急にバウムガルテン卿の元に案内しろ!」

「身の証を立てねば、主人の元には案内しません!」

「なんだと!?」

「待て待て、さすがに殺してはマズい。こんなヨボヨボのジジイ、殴ったりしたら死んじまうだろうからな」


 これが、貴族に送る使者? 盗賊か何かの間違いだろう? ヒューブナー辺境伯は、格下に手紙を無視されたことにお怒りかな? それにしたって人選がひどい。


「ほらジジイ、これが証だ。その呆けた頭でもヒューブナー辺境伯様の紋章はわかるだろう? 早くバウムガルテン卿の所に連れていけ!」

「かしこまりました……」


 絞り出すような爺の苦渋の声が聞こえてくる。この屋敷は隙間風がひどいからな。玄関の会話もオレの部屋まで筒抜けだ。


 ガチャリとドアが鳴ると、バーンと勢いよくドアが開かれた。


「な、なにを!?」

「いいからジジイは黙ってろ!」

「あなたがバウムガルテン卿かな? こんな時間までベッドの上にいるとは、まさか怖くて震えてましたか?」


 まったくもって躾がなっていない。もし仮病作戦をしていなかったら、無礼打ちしているところだぞ?


「ゴホッ、ゴホッ……。ヒューブナー辺境伯の使者殿、私も辺境伯様の命には従いたいが、病を患っているのだ……。辺境伯様のお役に立てず申し訳ない……。辺境伯様には手紙をしたためてある。それを持って行ってもらいたい」

「あん?」


 二人組の使者というには名ばかりのガラの悪い兵士がオレの顔を覗き込んだ。


「どう見る?」

「ひでえ顔だ。嘘は言ってねえと思うが……。病はいつ頃治る?」

「悔しいかな。私も父と同じく病弱なのだ。いつもこんな感じだ」

「どうするよ?」

「どうするったってなあ。俺たちへの命令はバウムガルテンのガ……バウムガルテン卿を連れていくことだ。それに違いはねえ」

「待って欲しい。ゴホッ、ガハッ……。今の私に馬車に乗る体力など無い。もし私が馬車に乗って死んだら責任問題になるが、いかがか?」

「それは……」

「私も名誉の戦死なら受け入れよう。だが、病で命を落とすなど、我慢ができない。ゴハッ、ベハッ……!」

「だが……」

「それに、私の近くに居たら病がうつるかもしれん。辺境伯様の使者殿を害するなど、私には……」

「お、おい、本当か!?」

「わ、わかった。辺境伯様には必ず手紙をお渡しする。では!」


 使者を名乗るゴミ共はいそいそとまるで逃げるように消えた。


「くふふはははははははは! 見たか、奴らの顔を? 心底怯えていたぞ」

「やれやれ、坊ちゃまもお人が悪い。しかし、ふふ。胸がスッとしました」






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