ありふれた世界は美しい。
Nekome
第1話 コンクリートの眼前に。
バスを待つ。先程まで雨が降っていたせいか、脇にあるベンチはぐしょぐしょに濡れている。つまり、立って待たなければいけないということだ。母に待たされたのは、病院代とバス代しかないから、カフェに行くこともできない。孤独とはこういうことかしら。スマホも通信制限がかかっているせいで使えない。
この暇をどう潰そうか。私は辺りを見回した。辺りにはバス停の屋根と支柱と、散らばった雨粒しかない。「しか」と考えるのは良くないな。そう、もっと感受性を高めてみよう。
コンクリートに、バス停の柱からしたった雨粒が、ポタリポタリと落ちている。ずっと前から繰り返されていたこと。そこには水たまりが出来ていた。ポチャン……ポチャン……ポチャン……
ああダメだ。思考が途切れてしまった。もっともっと、ポエミーに、詩人のように!周りのあれこれはすべて生きていると思って!そうだ、こんな考え方はどうだろう。
コンクリートの眼前に、雨粒が迫っている。何ということか、彼は動けない。されるがまま、なるがままななおだ。そんな彼とは対照的に、雨粒である彼女は活発に動き回る。彼女は自由だ。だがしかし、彼女はコンクリートのもとへと他に見向きもしないで進んでいく。だって、彼女はコンクリートのことが好きなんだ!彼女は眩しいぐらい、一途なんだ。それは、コンクリートも同様に。雨粒と出会った時の彼はポチャン!と嬉しそうな音を出す。そんな二人の邂逅は、永遠ではない。半日もかけられて、じわじわと、雨粒は命を失われていく。置いていく身が辛いか、置いて行かれる身が辛いか。そんなのは愚問だろう。彼は、目の前で霞んでいく彼女に何もできない。悲劇的、辛いお話、悲しいお話……。しかも彼は、ある重要なことを見逃している。彼は、ある恐ろしい事実に気づいていない。雨粒が命を落とすのは、彼の水はけの良い体が大きな要因となっていることを、彼は気づいていない!もし彼が、土だったら、水はけの悪い、沼地であったら、彼は彼女と離れることなく、融合して、いつまでも共に生きれるのに。彼のその体が彼女を苦しめている!その事実、彼が知ったらどうなるだろうか。発狂するんじゃないかしら、いやしかし、それでも……
ピンポーン、私の思考を両断して、一つの音が鳴り響く。バスの音、つまり、このチープな妄想も、これで終わりということ。
バスに乗り込んで、席に座る。
生き生きとして情熱にあふれているように見えたものも、ただの無機質な物体にしか見えなくなってしまった。雨粒も、ただの水の塊のように見えるし、コンクリートも、ただのどす黒い地面に見える。
バス停が遠ざかる。随分楽しい暇つぶしだった。また、こういうことをしてみても良いかもしれない。
ありふれた世界は美しい。 Nekome @Nekome202113
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