テニスなんかにゃ興味ない! ~保健体育の美人新任教師が部活の顧問に! しかしここだけの話、先生はテニスより性教育に力を入れている~【全年齢対象】←ここ大事

加瀬詠希

【第1話】精通って何ですか?

4時間目の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り終わると、ほぼ同時に先生が教室に入ってきた。

何もいわずに、カツカツカツ、とパンプスの音を響かせながら黒板に近づく。

そして、ペン習字のお手本みたいに整った字でこう書いた。


   涼 咲 琴 音


「すずさき・ことね、と読みます。1年C組男子の保健体育を受けもつことになりました。まだ大学を出たばかりの新米ですが、みなさんといっしょに勉強して、早く一人前の教師になりたいと思います」


ふつう保健体育の授業は、男子には男性教師、女子には女性教師がつくことが多いらしい。

しかし今年、この学校では、たまたま男性の体育教師が足りなかったため、女性教師が僕たちを受けもつことになったと、クラス担任がいっていた。


「先生! 質問!」


いきなり手をあげたのは、僕のとなりに座っている宇和うわ三太郎さんたろう

小学校3年生のときに、うちの近所に引っ越してきた、お調子者だ。


男のくせにおしゃべりで、とにかくさわがしい。

内気な僕とは正反対の性格なのだが、なぜか馬が合うので、中学1年になった今にいたるまで、毎日いっしょに登校している。


琴音先生は三太郎の顔を見てから、手元のクラス名簿に目をやった。


「あなたは……えっと、宇和さんですね。なんでしょうか?」


「先生は彼氏いますか?」


聞くと思った。

三太郎は無類の女好きなのだ。

ミニスカートをはいた新任の保健体育教師、おまけにとびきりの美人とくれば、三太郎が興味をもたないはずがない。


清潔感あふれる黒い髪。

ショートよりは少し長めなので、ミディアムショートヘアというやつか。


きりっと上がった眉は、太すぎず細すぎず。

それとは対照的な、迷子の子猫のように潤んだ、大きな瞳。


小ぶりな鼻と、まるでキスをねだっているみたいなアヒル口。

そして、小柄でスリムな体型に似つかわしくない、ちょっと大きめの胸……。


これだけ可愛ければ、僕から見ても魅力を感じざるを得なかった。


「いません」


おそらく三太郎は、赤面しながら「それは秘密です~」とか「募集中です~」とかいうリアクションを期待していたのだろう。


シンプルすぎる琴音先生の回答と、フリーズしている三太郎を見て、僕は思わずプッと吹き出してしまった。


「あ……そうですか。じゃあ、好みのタイプは?」


わずか2秒でフリーズから復旧するとは、さすがだ三太郎。

どうやら簡単には引き下がらないつもりらしい。


「特に好みはありませんが、たとえば──」


琴音先生は教室の中をきょろきょろと見回した。

そして、最後に僕を指さした。


「──あなた」


「えっ?」


「あなたが私の好みです」


いきなり指名された僕は、どう答えたらいいかわからず、ただ三太郎や他の男子たちの好奇の視線に耐えるだけだった。


「ヒューヒューヒュー!」

「教師と生徒の禁じられた恋が発覚!」

「おめでとうございます! 彼の初体験の相手が決定しました!」

「2人の関係、それはセーーーックス!」


教室のあちこちからヤジと爆笑が飛んでくるが、琴音先生は冷静だった。


「みなさん、お静かに。授業を始めます」


「先生、ちょっと待って!」


三太郎、もうやめとけ。


「なんでしょうか、宇和さん」


「カイトのどこがいいと思ったんですか?」


ああ、それはちょっといい感じの質問。

僕も聞きたかったから。


琴音先生は再びクラス名簿を確認する。


「カイト? えっと……ああ、彼の名前は伊勢いせ海人かいとさんというのですね」


そうです、と僕が答えるより早く、三太郎が言葉を継いだ。


「親友の俺がいうのもアレだけど、カイトはイケメンってほどでもないし、性格も内気だし、頭のデキもふつうだし、いったいどこがいいんでしょう? それだったら俺と付き合ったほうがいいのではないかと」


おいおい。

三太郎に悪気がないのはわかっているけど、そこまでいうか。


「確かに、顔や性格やかしこさ、中には、男性のもっているお金にひかれる女性もいるようですが、私はそういった表面的なものに魅力を感じません」


「じゃあ、なんでカイトを選んだんですか?」


琴音先生は僕のほうをちらっと見てから、ぽつりと一言。


「……直感」


シーン。


一瞬の間があいたあと、再び教室内にヤジが飛びかった。


「それって一目惚れってことですよね!?」

「直感、最強!」

「俺もいわれてみたい!!!」

「セーーーーーーックス!」


だが、やっぱり琴音先生は冷静だった。


「──はい。では、授業を始めます」


実際のところ、直感というのは最強の答えだった。

お調子者の三太郎もツッコむことができず、すごすごと引き下がった。


だが、僕のことが好みだなんていうのは、たぶん生徒の心をつかむための軽いジョークに違いない。


新社会人ってことは、22~23歳ぐらい。

12歳の僕なんか、たぶん子どもに見えるだろう。

一目惚れするなんてことは、まずありえない。


そんなことを考えていると、三太郎がささやいてきた。


「おい、カイト。よかったな」


「よくないよ。三太郎のせいで、入学の初日から、いきなり目立っちゃったじゃないか!」


「みんなに自己紹介する手間が省けてよかっただろ。それより、琴音先生と付き合ったら、あの大きなオッパイもさわり放題ってことだよな。うらやましいぜ~」


「なんで僕が先生と付き合うんだよ! よく考えてみてよ。あんなの、先生の冗談に決まってるよ。あれだけみんなにヤジられても、先生が冷静だったのが、その証拠だよ」


「……あ。いわれてみれば、確かにそうだな。まだ精通もきてないカイトが美女と付き合うなんて、1億年早いよな」


「うるさいよ!」


とツッコミを入れてはいるが、僕は「精通」というものがどういうものなのかすら、まだ知らない。


三太郎は6年生の3学期にそれがあったらしく、それ以来、やけにムラムラするといっている。

その「ムラムラ」の意味だって正直、僕はまだよくわかっていない。


琴音先生は、そんな思春期に突入した三太郎たちのエッチな視線を浴びつつ、就任最初の保健体育の座学授業を始めたのであった。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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