ぐうたらの重荷

@rabbit090

第1話

 どうにもこうにも、他人を傷つけてしまう自分が嫌だった。

 本当に、何とかならないのかって、わざわざここまで来たって言うのに。

 「あんたのせいで、最低よ。いい加減にして、出て行って。」

 「そういう事だから、ごめんね。君の意向で構わないけれど、考えてくれないか。」

 同僚と、上司にそう言われた。

 それって、単純に嫌いだからそうしてくれって、言われているのと一緒だと思うけれど、あたしには何が悪いのかなんて分からなかった。

 ただ、昔から思い当たることがあるとすれば、目の端にはいつも、あの子がいるってこと。

 「ねえ、またあんたのせい?」

 「………。」

 こういう時は何も言わずにたたずんでいる、状況の使い分けができるっていうのは、得だなあ、と思う。

 「はあ。」

 ため息なんか吐いたって、あの子はにこやかな笑顔で笑うだけ、何の罪もないような全てを受け流すような微笑みで、私を縛っている。

 だから、全国でも有数だという除霊スポットにあたしはわざわざ、わざわざ…やって来たのだ。

 本当に遠かった、てか霊だなんて、みんな本当は信じていないくせに、なぜ除霊何か、そんなことを思う。

 あたしには昔から、霊が見える。

 大人しく真面目そうな霊だったり、そう、まだそれならいいんだけど、たいていはくっついている人を今にでも殺しそうな勢いでくっついているから、見ているだけでひやひやする。しかも、ほとんどの人、というか、あたしは今までにただ一人、その人を除いて霊が見える人間に会ったことなどない。

 でも、早くしないと。

 あたしには生活がある。けど、支えてくれる人はいない。あたしはずっと一人で、自分を食わせて行かないといけない。だから、仕事につかなければいけないし、でも自営でも何でも、この霊がいると全てが上手くいかない。

 てか、霊って、現世に干渉できないっていう印象あるけど、そんなことは決してない。どの霊も、その人に危害をもたらすような、そんなちょっとしたいたずらを(それで済まない人もいる)仕掛けている。

 だから、人とは一緒にいられない。

 でも、それじゃダメなんだ。


 この子は、一見すると、とても可愛い女の子なのだ。

 対してあたしはかなりのブスだから、ちょっと嫉妬してしまうけれど、あたしが小さい頃はきれいなお姉さんだったのに、もうおばさんになったあたしからすれば、ただの小娘でしかない。

 「気分悪いの?」

 「別に。」

 「じゃあどうして不機嫌なの?」

 「いいじゃん、何でもないから。」

 「そう。」

 てな感じで、喋る時には喋る。

 でも現世の人間以外と会話をしていると、何だかおかしな気分になってしまう。

 あたしって何だろうって、いったいどうしちゃったんだろうって。

 だけど、薄々分かっていた。

 この子はきっと、幸せにはなれなかった。

 だけど、あたしまで飲み込まないで、生きているんだから、あなたの世界に引きずり込まないで、と何度も願った。

 そして今日、ここへ来た。

 「こんにちは。」

 「こんにちは。あの、除霊スポットがここって調べたんですけど…。」

 「ああ、そうですよ。あなたが除霊されるの?」

 「はい、まあ正確には私についている、霊を、ですが。」

 一瞬、受付をしているそのおじさんはポカーンとした顔であたしを見た。

 あれ、もしかして分かってない?ここ、除霊なんかできないの?と思ったけれど、頼みの綱ではあるのだ、気にしないことに決めた。

 「じゃあ、お金をお願いします。」

 「はい。」

 と言って、列に案内された。

 そして、うわあ、というか、本当に立たれているような人ばかりがいるのかと思っていたけれど、案外カップルが多い。そして、でもその中にもなんか、肩あたりに乗っかっている人がいる。

 あたしは同情した。

 みんな、大変なんだねって。

 そして、順番が来た。除霊が終わった人は別の出口を案内されるらしく、その肩に乗っている霊がいなくなったのかどうかは、分からなかった。

 「次の人、どうぞ。」

 「はい…。」

 あたしは緊張した。

 今度こそは、と祈った。

 「除霊できるの?」

 そして、あたしは開口一番発破をかけた。だって、金払ってるんだもん、もうまやかしなんて嫌。

 「はい、できますよ。」

 けど、さらりといかにも除霊します、という格好をした男は、そう言った。

 「なら、お願いします。」

 「分かりました。」

 そう言って、あたしは目を閉じた。

 五分間、そうしていれば除霊が完了するのだと聞いた。

 「………。」

 「……え?」

 「あっ。うん何?」

 「だから、死んだの。加奈かなが、どうしよう。」

 「えっと、加奈が死んだ?何で?」

 「もう、さっきから言ってるじゃない。車に轢かれたのよ。前方不注意で、右折車に当てられたの。」

 「ええ?」

 「加奈がね、運転してる車が、その車に。」

 「うん、大丈夫だから、ゆっくり。」

 そうか、加奈が死んだ。

 そんなことあるの?

 実感は無かった、けれど母は悲しんでいて、とにかく何とかしたかった。

 けれど、何もできなかった。

 葬式の時も、色々な雑事も、加奈の姿を見た時も、何も、助けることなどできなかった。

 僕は、ずるく、卑怯な人間だから、きっとそうなのかもしれない。

 「あなたは、男の子だったのね。」

 「…そうだよ。ずっと加奈の姿をしてたんだ、僕。気づかなかったよ。」

 「だって言葉遣いも女の子だったじゃない。」

 「丁寧って言われるけれど、女ではないだろ。」

 「そう。」

 「ああ。」

 ゆっくりとその姿は、無くなっていく。

 ごめんね、気付かなくって、分からなかったの。あなたは、男の子だったんだ。そう、加奈のお兄さん。まだ、生きているんだね。

 そんなの、分かりっこない。

 けど、あたしの記憶も、あたしという概念も、なぜかぼんやりとしている。

 何となく、掴めるのは、加奈が死んでしまって、その後悔があたしに張り付いた、という事だけだった。

 後悔はただよって、全く無関係の人間にくっつくものなのだ、と知った。

 「終わりなんだよね。」

 「ああ、そうみたいだな。」

 あたし達の最後の会話はそんなものだった。

 多分きっと、これからも何かに縛られながら、生きていくのだろうけれど、あたしはすべてを忘れられる、という確信を得た。

 それは不完全で、でもちゃんと形を成していて、どう取り扱えばいいのか分からない、未熟な姿をしていた。

 

 

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