聖なる夜の従者たち

藍﨑藍

 吹きつける寒風が容赦なく体を冷やしていく。修行僧のように震えながら横断歩道を渡る俺たちを見て、母親と思しき女に手を引かれた女児がこちらを指さした。


「ねえ、ママぁ。向こうにサンタさんとトナカイさんがいるよ!」


 うるせえ、黙れ! 早く帰って寝ろ! サンタはなあ、おまえの真横にいる親なんだよ!

 ……なんて年端もいかない子どもに言えるはずもない。


 サンタ服に身を包み、顔を付けひげで隠した三田みたは、丸い目を輝かせて大きく腕を振る。ぺらぺらのトナカイの着ぐるみを着た中井なかいは人好きのする穏やかな笑みを浮かべ、同じくトナカイの俺も苦笑いしながら手を振った。


 まあ、これも案外悪くないか。

 トナカイの格好で外を歩くだけで、喜んでもらえるのだから。




 12月24日。人呼んで、クリスマスイブ。キリストの誕生を祝う日だかなんだかは、ここ日本では完全に忘れ去られている。

 街に流れるは飽きるほど聞いたクリスマスソング。街を照らすは人工的で無機質なLED。商業展開に成功したケーキ屋やファーストフード店は一年の中で最も混雑し、年の瀬で目の回るような忙しさにも関わらず、人々は家族や恋人とともに過ごすことを最上とする。


 そんな今日、俺たち男子大学生がサンタとトナカイのコスプレをして市内を徘徊している混沌カオスを作り出したのは、やはり三田だった。


「俺のところには一度もサンタが来たことがないんだ」


 午後5時23分。築3年・南向き・駅から4分の1LDKに集まったのは、家主の三田、三田の友人の中井、そして俺の3人だ。三田は床に体育座りをして、指でフローリングをなでながら厳かに、でも寂しそうに告白した。


「兄ちゃんと妹は毎年父さんと母さんからクリスマスプレゼントをもらってた。……でも、俺は出来が悪いから」


 三田は実家の親兄妹と仲が悪い。いや、三田は穏やかに過ごしたいと思っている。だが成績もスポーツも常に1番でなければ認められない家の中では、三田はさぞ息苦しかったことだろう。


「だから俺がサンタになろうと思って。サンタになって、誰かを喜ばせようと思ったんだ」


 ***


 俺が三田と出会ったのは、俺がバイト先であるコンビニで深夜ワンオペをしていたときだった。

 かったるいが時給の良い深夜シフトは割とひまだ。検品や廃棄などやることはあるが、それさえ終わればあくびをしようがスマホをいじろうが立っているだけでいい。

 だから深夜に来る客はそれだけで目立つ。


 正確な時間は覚えていないが、深夜の2時頃だったはずだ。夏の夜に虫を連れて店内に入ってきた三田は、両手のかごいっぱいに酒や軽食・つまみを詰め込んでレジにやってきた。


「これ、1人で買いに来たんですか」


 基本的に俺が客に話しかけることはまずない。面倒くさい客も多いし、何よりも俺自身が他人に興味がないからだ。

 それにも関わらず話しかけたのは、明らかに1人分ではない量を1人で買いに行かせる顔も名前も知らない奴らに無性に腹が立ったからだった。


「いえ、俺が1人で買いに行くって言ったんですよ。そうすれば、喜んでもらえるかと思って」


 見知らぬ店員に理不尽な不機嫌をぶつけられた三田は、しゅんとうつむいた。……やっぱり、似ている。


 少し黒みがかった茶髪。黒くて丸い目。そして、ビビり。

 実家の豆柴にとても似ている。


「もう帰らなくていいんじゃないですか」

「……はい?」


 いつもとは逆だ。

 豆柴を散歩に連れて行くと、いつも彼は公園から動かなくなる。公園に着くと、そこから折り返して家に向かうと知っているからだ。俺も、親も、妹も、意地でも動かない豆柴を引きずるか、持ち上げて家まで運ぶことになる。

 だから、いつもとは逆だ。


 なんだか面白くなってきた俺は、三田の持ってきたかごを指さした。


「それ、一緒に全部食べましょうよ。俺も半分出すんで」

「はい?」

「実家の豆柴、おやつもらえないとなると露骨にへこむんですよ。まあかわいいんですけど」

「なんの話をしているんですか」

「お客さん、今そんな感じに見えたんで」

 

 店内には監視カメラが設置されており、その死角に入ることは難しい。いかにしてサボるかをモットーにしている俺は検証したことがある。だが、事務所は別だ。

 店は太い通りに面しているわけでもないので、車が通ることも滅多にない。万が一、人が来たときは事務所のカメラで確認できる。


「実家の犬の写真、見ます?」


 俺はポケットからスマホを取り出した。レジ横のスイングドアを手前に引くと、三田は大きくうなずいた。

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