剣の魔獣は、真の姿を晒す
結果から記す。
その日、ザヴェルバロッグは真の姿をサヘルに晒し、羽虫を殺して呑んだ。
ゴズの宿にて。
ザヴェルバロッグとサヘルは、もう一晩泊まることとした。
ザヴェルバロッグの真の姿を、サヘルに見せるためである。
念のため誰にも見られることがないよう、深夜静かになってから剣の姿になることとした。
「剣の姿になれば、我の意識はほぼ無くなる」
ザヴェルバロッグは不安な表情を隠さず、サヘルに言った。
意識が無くなったあと、サヘルに呼び戻してもらわなければ人の姿には戻れないからだ。
「剣身を撫でれば起きるのでしょう?」
「そうだ」
「蹴ったり叩いたりしても起きるのでは?」
「起きない」
「どうしてです?」
「分からん。どうしてもだ」
そう言って、ザヴェルバロッグは目を閉じた。
するとザヴェルバロッグの身体がぐにゃりと曲がった。
人間の身体を、徐々に剣へと変えていく。
やがて完全な剣の姿になると、人の姿から発する気配が完全に消えた。
「これが……剣の姿」
サヘルは、剣の姿となったザヴェルバロッグを手に取った。
ザヴェルバロッグの剣は、柄も剣身も真っ黒であった。
よくよく見ると、剣身の一割が金属の輝きを放っていた。
それ以外は全て黒い。錆びているようにも見えた。
持ち上げてかざしてみると、サヘルの細腕でも振れるほど軽かった。
「……本当に、人間じゃないんだ」
サヘルは改めて驚く。
半人半剣の姿は見たことがあるが、それでもほとんどが人間の姿であった。
しかし今は違う。
誰が見ても人間ではない。
生命の息遣いすら感じ取れないのだ。
「これで命を、血を吸えば……強くなれるんだ」
サヘルは宿の壁際へ目を向けた。
そこには灯に集る、羽虫がいた。
羽虫は三匹いて、虫嫌いのサヘルから見れは非常に不快な存在感を発していた。
「これで斬れば……」
サヘルは剣を構えて、灯へ近付く。
サヘルが近付いても、灯に集る羽虫は逃げなかった。
ならば息の根を止めてやろうと、サヘルは剣を振りあげ、虫目掛けて振り下ろした。
しん、と。
空気を切るような音だけが、部屋に揺れた。
同時に、羽虫が三匹、剣に斬られて落ちた。
床に落ちた羽虫は、干からびていた。
まるで何十日も前に死んだような姿で、床に落ちていた。
「……命を、吸ったんだ。この、剣が……」
サヘルはほんの少し、恐れを心ににじませた。
しかし同時に、高揚する想いもあった。
あまりにも非日常なことに、夢の中にいるような感覚も抱く。
サヘルはしばらく、黒い剣を見つめていた。
人の姿に戻すのは勿体ないような気分になった。
「でも……約束したし」
首を横に振り、ザヴェルバロッグの顔を思い出す。
ザヴェルバロッグはサヘルを信じて真の姿を晒したのだ。
ならば、裏切るわけにはいかない。
サヘルは黒い剣の剣身をそっと撫でる。
すると、剣と、剣の周りの空気が震えた。
直後。
サヘルは人間の姿に変じはじめた黒い剣を放り投げた。
「うーわ! ああ、もう! そうだった、そうだったよー!」
サヘルは慌てて、床の上に散らかっているザヴェルバロッグの衣服を拾い上げるのだった。
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