予知野さんは否定しない

焼畑営業

第1話 始まりはいつも夢から

「キャッ!」

ズルッ! ドテン!



        △▼△▼△▼



そろそろ梅雨が近いことを感じさせる湿気の中、通学路を一人の少女が歩いている。


その少女は流れるように美しい黒髪と端正な顔立ちとは裏腹に、どこか人生そのものを諦めているような負のオーラを纏っていた。


彼女の名前は予知野 運命(よちの さだめ)、彼女は物心ついたときから1つの能力を持っていた。


その能力とは、その日起きる特定の出来事を断片的に読み取れるというもの。

その能力は夢という形で現れる。いわゆる予知夢というやつだ。

彼女はいつものように朝見た夢を思い出していた。


今日私が見たのは、どこかでコケる夢。比喩的な意味ではなく、言葉通り何かに滑ってすってんころりんという意味だ。


それは今日の予知夢はコケることだったから。


この能力はいつどこかで起こるか分からないけれど、何が起きるのかだけ分かる意地の悪い能力。何が起きるか分かるといっても、本当にちょっとしか分からない。


例えば何かにぶつかる夢を見ても、それが人なのか、はたまた自転車なのかでもかなり違う。でも、それが分かる時もあれば分からない時もある。本当にたちが悪い。


けど、ムカつくことに絶対に夢は当たる。例えば鳥の糞が落ちてくる夢を見た時は、登下校中に傘を持ち歩き、学校では出来る限り外に出ないよう心がけた。流石に大丈夫と思っていたが、下校中に糞は頭に落ちてきた。傘をさしているはずなのに。


意味が分からないまま傘を見ると、人間の指が通るくらいの穴が開いていた。ちょうどそこを潜り抜けて落ちてきたというわけだ。ゴルフに例えるならカップインだ。思い出しただけでも腹が立ってくる。なにがカップインだ。ゴルフバットで叩いてやろうか。


そうしたことが何年も続き、私は遂に新たな境地へと達した。それは、どんな夢が来ても受け入れること。女神のように寛容な心で全ての事象を受け止める。どうせ夢を否定しても、意味はないんだし。


そうこうしているうちに、私が通う県立「河内中学校」に着いた。


「あ~宿題やべぇ~。テストまでに終わんねぇわ。」


「最近できた駅前のスイーツ、あれめっちゃおいしいらしいよ!帰り寄ってかない?」


学校に着くと、流石に同じ中学に通う人が増える。こんな時にこっそり聞き耳を立てるのが陰キャの悪い癖。こういうところで情報収集をするのだ。スイーツは・・・来週のテスト終わりに食べに行こう。


階段を上がって、私が在籍する2年1組に着いた。1組は階段から一番遠いので、毎朝面倒。教室に入ると既に何人かいたが、私に話しかける人はいない。私は窓際の自分の席を見つけ、椅子に腰かける。私も最初はこんな孤独な学校生活は考えていなかった。


しかし、1年生のときに夢と戦い続けた結果、気づいたら不思議ちゃん認定されていた。本当にこの能力のせいで私の人生はめちゃくちゃだ。けど、流石にガスマスク着けて登校したのはまずかった。完全に黒歴史だ。忘れたい。忘れろ。忘れさせてください。


しかし、そんな私でも少しくらい会話する相手ならいる。それが、学級委員長の小林さんだ。こんな私にも声をかけてくれる女神。雨で科目が保健となった5時間目の休み時間に、彼女から話しかけてくれた。


「ねえねえ、運命ちゃんは今日雨だけど傘持ってる?私実は2本持ってて、もし持ってないなら1本使って~」


「あ、ありがとう。帰りにまだ降ってたら、使わせてもらうね。」


委員長は下向きがちな少女の顔を覗き込みながら聞く。放たれた言葉を、予知野は申し訳なさそうに返した。


天気予報は曇りだったのに、何故2本持っているんだ?と運命は思ったが、あまり気にしなかった。委員長はカバンの中に絆創膏が入っているタイプの女なのだ。

「それでさ~運命ちゃんは前言ってた好きな人には、やっぱり告白する気はないの?」


「え、ないよ。無理だって。私みたいなのがしても、どうせ意味ないよ。」


うちの学校は授業が保健だと男女別に教室が分かれる。女子だけとなった教室で、自然と恋バナを始める委員長に戸惑いつつも、予知野はいつものように諦めを口にした。


「え~そんなことないと思うけどな~。確かに高峰くんは告白断りまくってるらしいけど、運命ちゃんかわいいしいけると思うな~。・・・ほんと、顔に出やすいよね」


そう言いながら、彼女は運命の上がりきった頬を摘まんで上下に動かした。


頬をムニムニされてなすがままの運命は、数少ない長所の容姿が褒められ口角が上がっていたことを反省する。ただ、彼女の好きな高峰は端的に言うと完璧超人で、恐らく女の子に興味がない。


イケメン、成績Top、運動神経と性格もいいと、まさに完璧超人。さらに家は医師家系らしく、容姿だけで勝負できるような男ではない。


もちろん数多くの女子たちが告白したが、今まで全部断られている。他校に彼女がいるのではないかと噂が立ったこともあるが、学校外は塾で勉強している姿が度々目撃されている。本当は女の子に興味が無いのではと、運命が思うのも無理はない。


そんな人に告白しても、他の女子と同じ屍になるだけだと運命は考える。だが、諦めるふりをして自分を騙さず、このモヤモヤとした感情にいつか区切りをつけたいのも確かだ。


そんな風に考えていた運命は、ふとある考えが思い浮かぶ。それは、高峰くんと良い感じになる夢を見たら告白してもいいのではないか?というもの。なんとなく思いついた下賤な考えを、未だ頬をムニムニしてくる委員長に、予知夢のことは隠して口にする。


「けど、もし高峰くんにOK貰えるって分かってたら、告白するんだけどな~」


運命にとっては何気ない一言だったが、委員長は上下に動かす手を止め、真っすぐ運命の目を見てこう言った。


「私は最初に分かっちゃうの嫌だな。分かってたら、振り向いてもらうために頑張らなくなっちゃうよ。結果の良し悪しよりも、目標に向かって頑張ることの方が大事だよ。たとえ良い結果が出るとしても、結果は知らずに努力したいな。」


運命は達観したその言葉に、何も言えなくなる。こんなことを思うのは子供っぽくて嫌だったが、委員長が恋愛の師匠みたいだなと思ってしまった。


キーンコーンカーンコーン


そんなこんなで話していると、授業の始まりを告げる合図が教室に響き渡る。それを聞くや否や、委員長は頑張ってとだけ言い残して自分の席に戻った。


運命はその後、委員長の言葉を反芻する。授業に手がつかず、片肘をついて窓から校庭を眺めていた。思えば、自分は努力というものをしてきたのだろうか。何かを変えようと、自ら勇気を振り絞って行動したことがあっただろうか。予知夢が嫌で受け入れると心に決めたが、それは現実を受け入れるという現実逃避なのではないか。


そして、今まで嫌いで無くなってほしいと考えていた予知夢を、いつの間にか心の中でとはいえ頼っていたのだ。自分の心の弱さを受け入れるには時間がかかった。



        △▼△▼△▼



帰る頃には雨は止み、嘘のようにお日様が通学路を照らしている。結果的に運命は、傘を借りずに下校していた。ただ学校が終わっても、未だに委員長の言葉が頭から離れなかった。というよりも、予知夢を都合よく利用していた自分が気持ち悪かった。


友達がほとんどいないのも、勇気を出して話しかけなかった私に落ち度があると、運命は自分と向き合う。確かにこの能力で少しは人生が歪んだかもしれないが、立て直そうと思えば別に出来たのである。それを予知夢のせいだと言い訳し、勝手に諦めていた自分が嫌になる。今は自己嫌悪の渦に飲まれ、予知夢を嫌がる気持ちはあまりない。そして、


「結果の良し悪しよりも、目標に向かって頑張ることの方が大事だよ。」


後から聞くと何でもないような委員長の言葉に運命は心を動かされる。このまま予知夢を受け入れ続け、何もしないで終わってしまうことを考えると焦燥感に駆られる。そして明日、運命は高峰くんに話かけることを決意した。


さっき告白がどうのと言っていたが、実のところあまり喋ったことすらないのだ。流石に即告白とまでは行かなかったが、話しかけると決意することは運命にとって大きな一歩だった。


明日話すことを意識し始めると、緊張で胸が張り裂けそうになる。折角の決意が薄れてしまう前に、早く明日が来てほしいと、久しく感じていなかった気持ちが再起する。それと同時に緊張で明日が来ないでほしいという気持ちも重なり、運命の心は潰れたサンドイッチのようにグチャグチャに混ざり合っていた。


完全に自分の世界に浸って下校していると、その時が訪れた。


運命自身でさえ忘れていた ―予知夢が当たる瞬間―


「キャッ!」


通り雨によりできた水たまりに、運命の靴が触れた刹那


ズルッ!


帰宅部で衰えた体幹を遺憾なく発揮し、後ろから足の支えを刈り取られ、尻から地面にダイブする。

斜め下向きで薄暗かった運命の視界は太陽の喝采を浴びる。それはまるで運命の決意を祝福しているかのようで・・・


ドテン!


そして、無駄に洗練された無駄のない無駄な転倒を披露し、尻を水たまりで濡らす。路上でほぼ仰向けになり呆然とする少女に、近くを歩く人々は微笑で応える。

運命は数秒事態が呑み込めなかったが、今までに鍛えられた状況判断能力で予知夢と結び付け、現状を理解する。


故に運命は目に涙を浮かべ、夕陽に照らされ赤くなった顔を連れて帰路に就くのだった。

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