95.ソイニネン伯爵に春が訪れた?

「構わん、はぁっ……剣、を抜け、はぁ」


 息も絶え絶えの陛下から抜剣許可が出たものの、ルーカス様とエサイアス様がフライングだ。賊を切ったエサイアス様はともかく、短剣を抜いたルーカス様は戦えるのかしら。


 文官だと戦えない人も多いと聞いている。そんな中、許可を聞いて対応したのがソイニネン伯爵と部下だ。貴族の令息という肩書きで集められた参列者諸君は、次々と剣を抜いた。せっかくの結婚式なのに、殺伐としちゃうわ。


「すげぇ、騎士様の戦いだぜ!」


「やっぱり宮廷騎士団の人は強いんだろうね」


「憧れるな、貴族じゃなくても実力があれば入れると聞いた」


 様々な発言が飛び交う。平民にとっては、目の前で騎士様が戦う姿なんて滅多に見られない。お祝いムードでお酒を振る舞われたこともあり、余興扱いだった。頑張れ、叩きのめせと無責任な声が飛ぶ。


「ふむ……このままでいいか」


 陛下は宮廷騎士団に後を任せ、近くのソファに座った。ぐったりしている国王陛下の斜め後ろに、若い騎士が護衛に立つ。この辺はやっぱり鍛えられた成果だろう。騎士団長のソイニネン伯爵が走り回り、紛れた数人の敵を見つけては倒す。わっと歓声が上がった。


 街の若いお嬢さん達にとって、同世代の結婚式は見合い会場も同然。相手が騎士となれば、なおさらだった。元貴族階級だが、将来は平民になる。そんな男は極上の結婚相手だ。給与は安定しているし、もしケガをして退役になっても見舞金が出る。何より元貴族なので、女性の扱いがスマートで優しかった。横柄な男なら、この時点で切り捨てられる。


 鍛えて逞しいからお姫様抱っこも叶えてもらえるし、守られるお姫様気分も味わえた。こうなればモテないほうがおかしい。そこへマントと階級章を付けた騎士団長登場、あっという間にお嬢さん達の目がハートになる。


 戦う手足の動き一つで嬌声が上がり、卒倒するお嬢さんもいた。この中からお嫁さんを選んだらいいんじゃないかな。伯爵家だけれど、イケると思う。私が言うと残酷だから黙っているが、犯人達は瞬く間に倒された。


「尋問は明日以降じゃな」


 国王陛下の一言で、我が家の牢に監禁が決まった。一歩間違えたら私が閉じ込められたかもしれない牢は、正しい意味で罪人が埋める。血の付いた剣をさっと拭いてしまう姿は、お嬢さん達に囲まれた。


「あなた! 戦いがあったんですって?」


「賊は出たが、騎士団長が倒した」


 駆け寄る王妃様は、忙しく夫の手足を確認し、最後に首を撫でた。どこも切れていないことを確認し、ほっとした顔で頷く。いや、首は切れてたら話せないんだけれどね。ムスコネン公爵夫人は、忙しく口周りを拭きながら追いかけた。どうやら何かを齧った直後に話を聞いたみたい。


 エルヴィ様の無事も確認し、ほっとしてソファに腰掛けた。隣の人、少し避けてくれたらいいのに……と思ったら陛下だったわ。立ちあがろうとする前に、ルーカス様に手を掴まれて回収された。


「失礼いたしました」


「どういたしまして」


 反射的な挨拶も、遠ざかりながらギリギリで聞く。私、今夜もお仕置きされそう。

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