91.隣国は新しい国王が誕生する

 エルヴィ様は翌日から忙しかった。お会いする時間が取れず、ご友人のトゥーラ様も同じだ。結婚式の準備だから邪魔できない。でも、小説の主人公である可能性は否定したかった。そっとお手紙で説明してみたが「ご謙遜を」の一言で却下される。


 本はそこそこお値段が高いから、平民の間で流行していないのが幸いかも。そう思ったのに、出入り業者の奥様がファンだとかで、サインをお願いされた。領民と距離感が近い領主家というのも考え物だわ。こんな落とし穴があると思わなかった。


 文句を言うなら、相手はムストネン公爵夫人ね。王妃様の妹君……ハードル高いな。


 エルヴィ様のドレスは、費用を王家が負担すると聞いた。王族同士、何か思うところがあるのかも。子爵相手に破格の厚遇だが、国のご両親の代わりが必要だものね。デザインはご友人が担当し、お飾りも用意するとか。


「王家が負担してくれるなら、豪勢なドレスにしたらいいのに」


 お綺麗なエルヴィ様なら似合うわ。そう呟けば、ハンナが呆れた顔をした。


「同じような境遇で、豪華な衣装を拒んだのは誰ですか」


 そうだった。私はシンプルなのを希望したっけ。周囲の圧力に負けて、多少飾り立てたけれど……うん、人に意見を押し付けたらいけないわ。


 我が家は会場と侍女などの労働力の提供、食材も出す。ハンナの時と同じ、結婚式場のご用意だ。華やかな飾りつけを行い、侍女と一緒に作業を行った。動いている方が余計なことを考えずに済んで楽だ。


 さすがにもう、アベニウス王国の残党による襲撃はなさそう。というのも、昨夜ベッドで聞いた話からの推測だった。何番目だかの王子様が、ようやく民衆に対して行動を起こしたんですって。彼らを否定せず、より良い未来を提案する。


 綺麗な言葉に包まれているが、要は昔の王家の意向で往復ビンタして、言うことを聞かせたのだろう。そう返したら、ルーカス様は「身も蓋もない」と大笑いした。否定されないなら、事実はほぼ変わらない。アベニウス国民にとって、何がいい未来かわからないけれど。


 トゥーラ様も情報を持ってきたらしく、精査した情報を少し聞かせてもらった。国民達は税金を無駄遣いする王族を放逐したあと、どうしたらいいか困惑した。政なんて知らないから、集まる多額の税金の使い道がわからない。


 自分たちが普段使う街道の整備にいくらかかるのか。壊れた橋を直す方法や、工事業者の選び方も。手探りでゆっくり覚える時間があればよかったが、そもそも平民は文字が読めない人が多かった。前例を探そうにも、その書類が読めないのだ。


 完全手詰まりの状況で、文字が読めてカリスマ性がある元王族が協力を申し出る。あっという間に飛びついて、お願いしたようだ。乗っ取るまでもなく、新しい国王の誕生が叫ばれた。


 パン屋や肉屋の亭主に、政は難しいわ。文字が読めて、子爵家出身の私だって無理なんだもの。結局、王族の交代劇で終わると聞いて、一番ホッとしたのはエルヴィ様かも。

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