84.盛り上がりすぎて終わりが見えない

 テラスから手を振ると、領民が喜んでくれた。この高さから見下ろせば、驚くほど知人の顔が目につく。たくさんいるのに、知り合いばかり目立つ気がした。おおよその居場所を覚えてから降り、近づいて挨拶する。


「アルベルト、領地の様子はどう?」


「問題ありません。こちらの領地の飛地扱いになりまして、管理者を送ってもらいました。それから王家直轄領の配分が変更になり、領民への還元が進んでいます」


 知らない間になんたる変化! 驚いていると、マイラが料理の皿を運んできた。


「お嬢……じゃなかった、奥様。久しぶりでしょう、どうぞ」


 勧められたのは、郷土料理だ。米粉を水に溶かして薄く伸ばし、野菜や加工肉を巻いたもの。透き通って中身が見えるので、見た目も華やかだった。うちでは塩漬け肉を使っていたけれど、魚介も美味しい。


「ありがとう! ほんと、久しぶりだわ。この味よね」


 隣で興味深そうに覗くルーカス様も、いくつか皿に取り分けた。一緒に並んで食べる。


「不思議だが美味しい」


「お肉の消費量を抑えるために、お祖母様が他国から持ち込んだ料理なの。コース料理に出すなら、さっぱりしたソースを添えるといいわよ」


 コース料理に使えると聞いて、なるほどとルーカス様が何やら考え込んでいる。ネヴァライネン子爵領を潤す施策なら、どんどん実行してほしい。実家で食べていた時のように、手で掴んで食べた。懐かしい。


 見慣れない料理だが、色が綺麗なのと私達夫婦が食べている姿を見て、侯爵領の人も手を伸ばした。手で食べる子どもや領民、お皿に取り分けてカトラリーを使うのは貴族だろう。ヘンリが手で掴んだ隣で、緊張した面持ちのエルヴィ様が手で食べる。


 焼き菓子なら手で摘むけれど、それ以外は滅多に手で食べないもの。貴重な経験かもしれない。両手に持って交互に食べる子どもは、嬉しそうな顔で笑った。うん、マイラも嬉しそう。結婚について尋ねてみたら、彼女はちらりとアルベルトに視線を向けた。


 これは……叶わぬ恋かな? アルベルトが応じてくれたらいいけど、さすがに主人として命令はできない。いつか想いが届くといいね。そう締め括った。


 宴会は大盛況で、領地の近状も聞けた。顔見知りにはちゃんと挨拶も回れたので、大成功だろう。お昼を兼ねて始まった宴会は、夕方になっても終わらない。それどころか、あちこちで持ち込みのお酒が振る舞われ始めた。


 盛り上がり過ぎて、解散の指示が出せないと笑うルーカス様も、頬が赤い。どうやら飲まされちゃったみたい。気づけば、いつの間にかハンナがいなかった。もちろん、夫のエサイアス様も。初夜だものね。私のとき同様、激しすぎないといいけれど。


「奥様、これも切って出しとくれよ」


「あら、美味しそうね。遠慮なく頂くわ。マイラ、切り分けてちょうだい」


 パン屋のおかみさんが持ち込んだバゲットをマイラに渡せば、すぐにチーズや薄切りのハムが添えられて並ぶ。ツマミにしながら、酒の瓶が次々と開封された。賑やかな宴会に、始終頬が緩みっぱなし。明日は頬が痛くなりそう。

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