82.不法侵入者より遅刻が怖い

 不法侵入者は叩かれた頭を抱え、蹲っている。見窄らしい恰好だし、なんとなく臭かった。男性なのは間違いないけれど……誰? どこから入ったの?


 首を傾げる私と対照的に、ルーカス様は眉を顰めて牢に入れるよう命じる。心当たりがありそうね。教えてもらうのは後にして、侍女が肩に掛けてくれたショールで肌を隠した。半裸ではないが、室内着だった。


 ドレス待ち状態で起きた事件なので、これは不可抗力だ。浮浪者のような男性は、そのまま連れられていった。足元がふらついているし、ガリガリに痩せている。よほど過酷な生活を強いられたのだろう。


「リンネア、その……」


 迷いながらルーカス様が手を伸ばし、心得た侍女が予備のシーツを手渡した。頭を残し、ぐるりと巻かれてしまう。


「これから着替えるのよ」


「分かっている。ひとまず寝室へ避難しよう」


 まだ敵がいるのかしら。首を伸ばして確認しようとするも、あっさり抱えて運ばれた。以前から思ってたけれど、私、意外と重いのよ。ベッドに下され、侍女が慌ててシーツを解いてくれる。その間に、別の侍女が運ばれてきた。


 さすがに侯爵夫妻のベッドはまずいので、長椅子に横たえられた。犯人と鉢合わせして悲鳴をあげた子だ。後から遭遇した子は、隣の部屋の長椅子にいるようだ。部屋に長椅子は、必須アイテムかも。


「あ! 遅れてしまうわ」


 結婚式が始まったら困る。さすがに遅れていくのは失礼だもの。口にした私の言葉に、ルーカス様も時間を確認した。残りは半刻ほど。ギリギリかな。


「全部運びます! 奥様はその間、こうして待っていてください」


 元気な侍女に指示され、シーツでぐるりと拘束された。せっかく解いたばかりなのに。肌を見せられないのは分かるけど。騎士達が忙しなく、鏡台やドレスのトルソーを運んでくる。お飾りが入った箱も持ち込まれた。


 現場検証を行う騎士を私室へ追い返し、応援を呼んだ侍女達により大急ぎで準備が再開される。着用する余裕がないドレスは、ほぼ装着状態。立っている私の上から被せられ、両手をあげて袖を通したら後ろでボタンが閉じられていく。


 手を下ろすとすぐに手袋が嵌められ、肌が覆われた。指輪は手袋の中なので、ブレスレットが飾られる。結った髪に飾りが差し込まれ、ピンで留めていく。あまりの手際の良さに、言われるまま、くるくると回るだけの私だった。


 遅刻寸前で、ノックの音が響く。


「準備は間に合ったか?」


「はい。お陰様で」


 いつの間にか自室に戻ったルーカス様も、先ほどのはだけた色っぽさが嘘のように正装していた。エスコートされて歩き始め、見上げた身長差に首を傾げる。ルーカス様も不思議そうな表情で、足元に視線を落とした。


「靴……」


「靴を忘れたわ!!」


 侍女が持ってきた靴を大急ぎで履き、踵を擦ってしまった。ちょっと痛いけれど、我慢しなくちゃ。何もなかった顔で、すっと夫へ手を伸ばした。笑いを堪えるルーカス様と、やや足早に階段を降りる。


 遅刻よ、早くしなくちゃ!

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