74.気の置けない友人の失恋

 用意されたドレスに着替える。婚礼衣装は白で、美しいレースに彩られていた。レースはほんのりと染められ、柔らかな虹色を作り出す。お飾りは銀細工を中心に、各国から贈られた宝石や真珠が輝きを放った。


 瞳の色に合わせた紫水晶や青紫の蒼玉を引き立てる形で、上品に配置されている。デザインした宝飾店にとって、いい宣伝になるだろう。この侯爵領に貢献できたのは幸いだ。


 ハニーブロンドと表現される薄い金髪を、ハンナが丁寧に結い上げる。きっちり結うのではなく、少しだけほつれさせて。肩や首筋に掛けた髪が、柔らかな印象を与える。ヴェールは被らなかった。今まで散々被ってきたし、今日は陛下の許可もある。顔を晒して人前に立つ、一世一代の晴れ舞台だった。


「お綺麗です、お嬢様」


「ふふっ、夜には奥様になるのよ」


 嬉しくて溢れた言葉に、ハンナを手伝っていた侍女やお針子達が口を開いた。口々に褒めてくれる中、思わぬ一言に目を丸くする。


「では、今のうちにお嬢様とお呼びしておかなくてはいけませんね」


 結婚式が終われば、私はネヴァライネン子爵令嬢ではなくなる。女子爵であり、同時にプルシアイネン侯爵夫人だった。以前に「結婚して家名が変わるのは不便だ」とぼやいたのは、王妃様の義妹であるムスコネン公爵夫人だったかしら。


 確かに名前が変わるのは不思議な感じだけれど、私はすでに「イーリス・ヴェナライネン」の名も持っていた。違和感はさほどない。それに愛する人の家名を名乗れるのは、幸せなことだと思うの。愛のない政略結婚ではないのだから。


 頬を赤く染めて、私はとびきりの笑みを浮かべた。


「ありがとう。ご令嬢じゃなくなっても、頼むわね」


「「「はい」」」


 綺麗に揃った礼と返事。これから世話になる侯爵家の侍女は、誰もが笑顔だった。


「お嬢様、その笑顔は夫になる旦那様に捧げた方がよろしいかと」


 ハンナが注意めいた言い方をするも、頬が緩んでいる。そうよね、私の結婚式が終われば、次はあなただもの。あれこれと順番が変更になったけれど、最終的に私の一週間後に決まった。ルーカス様の金と権力に物を言わせた準備が、ハンナ達を追い抜いた形だ。


 ハンナが終われば、ようやくエルヴィ様の結婚披露を行う。次々と祝い事が続くため、忙しくなりそうだ。ルーカス様が控え室を出たと連絡があり、私はすくっと立ち上がった。一般的には、父親がエスコートする。だが私の父は亡くなっており……。


「待たせたな」


「いいえ。お願いします」


 まだ若いが、ソイニネン伯爵が代わりを務めると立候補した。正直助かったわ。もう少しで「では俺が」と陛下が出てくるところだったんだもの。王妃様のお願いとはいえ、流石にどうかと思うわ。


「花婿より先に花嫁の艶姿を見れるのは、エスコート役の特権だな。綺麗だぞ」


「あ、りがとう……ございます」


 彼の声に少しだけ苦さを感じる。もしかして? いえ、そんなことないわよね。


「夫の気分を少しだけ味わえたんだ、御の字か」


 自覚せず漏れたらしい自嘲気味の声に、私はまっすぐ顔を上げた。聞こえなかった――そう、私は何も聞いていない。だからこれからも……気の置けない友人でいてください。







※気の置けない人とは、遠慮や気遣いの不要な人という意味です。

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