73.「汚い作戦」は褒め言葉

 隣国アベニウス王国の王族は、ほぼ処刑されたり逃げたりしたらしい。周辺国に留学していた優秀な王子がいる。将来的に彼が戻ったら、象徴として王制が復活すると聞いた。


 この辺の根回しは完璧というか。知れば知るほど、ルーカス様の優秀さが怖い。


 この大陸のほとんどの国が王制だ。そのため国民による叛逆を恐れていた。なのに、周辺国がアベニウス王家打倒に協力した理由は、ルーカス様が用意した二段構えの作戦だった。一度王家を倒し、すぐに民衆の政が始まる。しかし相手は策略に長けた王侯貴族だ。外交は成功しない。いや成功させないよう手を回すのだ。


 ネヴァライネン子爵領にある王家直轄金鉱山を欲しがったように、お金がなく資源もない。アベニウス国は、このままいくと冬を越えられなかった。食料自給率が低いのだ。自国で賄えない食料、売却する資産も足りない。こうなると不満が溜まるだろう。


 国内で膨らんだ不安は、執政機関へ向けられる。ここで重要なのは、優秀で正当性がある王位継承者の存在だった。留学していた第三王子が戻り、周辺国から取り付けた食料支援策を打ち立てる。当然、国民は数年後の未来より明日の食料を選ぶ。新しい王家を興すきっかけにするのだろう。


「汚い作戦ですね」


「褒め言葉だと思っておくよ」


 ルーカス様は肩を竦めた。朝食後の穏やかな時間に、私は物騒な策略を聞く。教えてほしいと強請ったのは私自身だ。思ったより政は「綺麗事」が通用しなかった。


「こんな男は嫌か?」


 試すように尋ねられ、私はきょとんとした後に首を横に振った。


「いいえ。私には無理ですが、それが国や民を守る方法なら構いません」


 王制は独裁になれば民にとって害がある。上手にバランスを取れる王がいれば、迅速で公平な政が行われて民が潤う。どちらも一長一短だった。この国は宰相ルーカス様が動かし、国王陛下が引っ張っている。食べていくのに困る民はほぼいなかった。


 ならば、この国で無理に民が蜂起する理由はない。横暴な貴族がいれば、王宮騎士団が取り締まる。食料も足りて、住まいに攻め込む不埒な賊も少なかった。街の皆が笑顔で暮らしていることが答えだ。


「理解してくれる人ばかりならいいが」


「誤解も嫉妬も当然です。恵まれているんですもの。手元にある財産や権力で、領民の安心を守るのが領主ですから。矢面に立つ覚悟が足りないのではなくて?」


 ふふっと笑って返す。これは勉強が辛かった私が泣きついた時、母親に諭された言葉だ。そっくりそのまま、ルーカス様にぶつけてみた。驚いた顔をした後、母の言葉なのと打ち明けた。


「なるほど、君にしては鋭いと思ったが……母君は有能な方だったらしい」


 私ではなく母を褒められ、擽ったいような不思議な気持ちになった。ところで、ルーカス様はお仕事に行かなくていいのかしら?







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