63.結婚式が秒読みになった

 結婚式の準備は着々と進み、予定を前倒しできそうな勢いだった。宰相閣下の威光ってすごいのね。感心しながら、今日はマナーの勉強をしている。


 最低限の礼儀作法は身につけているが、子爵家と侯爵家では大きく違った。レベルアップのため、今日も小さなエビを細かく切っていく。肉ではなくエビなのは、つるりと滑るからだとか。わざわざ滑りやすい食材で挑戦させなくとも……と思う。でも、エビのお陰で上達が早いのも事実だった。


 執事の及第点をもらい、今後も精進しますと誓う。普段から気をつけていれば、そのうち身に馴染むらしい。占いと同じ、そう考えて納得した。最初の頃はカードがバラバラになって、まともにシャッフルできなかった。あれと同じね。


 ダンスも問題ないレベルに仕上げ、残るは座学ばかり。歴史や貴族家のあれこれ、慣習など。様々な知識を詰め込む。これに関しては、ある程度できればいい。完璧に覚えているのは、ルーカス様か王族くらいと聞いた。改めて感心しちゃう。


 結婚式の警備は、王宮騎士団が務める。王妃様の計らいなのだ。王家の方々も参列なさるから、その護衛も兼ねていると思う。


「お嬢様、それだけではありません」


 ハンナに指摘される。隣国アベニウス王国は、今も私を狙っている。ルーカス様の妻にと第五王女殿下を差し出した。向こうはルーカス様とエルヴィ様の結婚式だと思っているだろう。実情がバレたら、襲撃される可能性があった。


「占い師を捕まえてどうしようってのかしら」


「情報を吐かせるんだと思います。きっと王家の秘密を知っているはず、と誤解されていますから」


「ああ、なるほど。今までの貴族の襲撃と同じね」


 王宮占い師の肩書きで、まず想像されるのが相談役らしい。守秘義務があるし、小さな悩みを相談されることもあった。ただ、国を揺るがすような大きな秘密は共有されない。その辺を勘違いし、聞き出そうと襲われることが多かった。


 アベニウス王国も同じように考えたのだろう。私とあの公爵令息の結婚が壊れた時点で、さらに誤解が加速していそう。面倒だな。事実を話しても信じてくれないと思うし。


「イーリス、ようやく許可が出たぞ」


 ハンナと刺繍をする客間へ、ルーカス様が笑顔で現れた。結婚の許可はすでに出ていたよね? 首を傾げた私は、忘れていた別件の許可に目を見開いた。


「ヴェールは不要だ。今日からイーリスとリンネアは一人になる」


「はい」


 ありがとうございます、はおかしいかも。お願いします、でもないし。迷って承諾の返事だけにした。結婚式前に公表するなら、ルーカス様が重婚扱いされなくて済む。私もヴェールなしで自由に過ごせるのか。


 話しながらルーカス様の手が、ヴェールをあげた。満面の笑みを向ける美形が眩しい。微笑み返しながら、結婚式で注目を集めるのはルーカス様だと確信した。ヴェールを脱いだ神秘の占い師の触れ込みは、美形の宰相閣下に勝てないと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る