62.ごめんなさいしか言えない

 エルヴィ様は隣国の元王女様だから、きっと狙われているに違いない。その勢いと思い込みで突入し……結論から言うと玉砕した。


「不審者がいたとして、この扉から出入りするはずはないだろう」


 厳しめにルーカス様に叱られ、しょんぼりと肩を落とす。深く考えなくても、その通りだ。プルシアイネン侯爵家の屋敷だって、ちゃんと警備がいた。その屋敷から不審者が出現するはずはなく、人影の正体は騎士ヘンリだった。


 そこの不審者止まりなさい! と叫んだ私がいけない。背後から止めようとしたハンナは間に合わず、呆れ顔のルーカス様にこってり叱られた。というのも、もし本当に不審者だったなら……私が飛び出してはマズいのだ。


「過去に何度も攫われたのは、君の短慮から? それとも頭を突っ込んで抜けなくなったのか」


 短慮で失敗したのは二度だけです。あとはいきなり殴られたり、お茶に薬を仕込まれたりしました。正直に申告する私の後ろで、ハンナが「間違いありません」と太鼓判を押す。が、当然重ねて叱られた。


「侯爵夫人であり宰相夫人になる。今後は国王ご夫妻との付き合いも深くなるんだから、身の回りにもっと注意しないと!」


「申し訳ございません」


 丁寧に詫びる。そうだよね、今後は私だけの問題じゃなくなる。ルーカス様に迷惑をかけるし、顔を出して歩くんだからいい獲物扱いされないよう注意しなくちゃ。細かな注意にも真剣に頷いた。


「宰相閣下、お屋敷でなさってください」


 苦笑いしたエルヴィ様に指摘され、私達は顔を見合わせた。それもそうね。他人の屋敷の庭先で、お説教もないわ。ヘンリさんに重ねてお詫びし、エルヴィ様にもお騒がせした件で頭を下げた。騒ぎに駆けつけた騎士達の目が生ぬるい。扉から侯爵邸の庭へ戻った。


 あ、せっかく隣へ入れたのにまったく見てなかったわ。今度見せてもらおう。反省が一時的に片隅に追いやられた。ルーカス様は大きく息を吐き出し、手を掴む。素直に従って歩きながら、握られた手を見つめた。


 大きい手だな。それに私より体温が高いし、手のひらも硬い気がする。ぎゅっと握ったら、さらに強く握り返された。つるんとした自分の手と違い、ルーカス様の手は硬い。国を守る仕事をする人を、こんな小さなことで不安にさせたらダメよね。


 しっかりした奥さんにならなくちゃ。改めてそう思った。


 客間に入り、入浴まで済ませる。ハンナが引き上げるのを待って、ノックされた扉を開けた。予想通りルーカス様だった。


「ソイニネン伯爵に聞いていたが、本当に……」


「ごめんなさい」


 素で謝罪が口をついた。すごく迷惑をかけている自覚はある。ただ、考えるより先に動いてしまうので、いつも後から叱られて反省してきた。これからはそれでは通らない。


「僕が監禁しないで済むよう、頑張ってください」


 しょぼんと俯いた私の髪に何かが触れ、顔を上げると額に唇が当てられた。驚いて固まる私の頬、鼻……最後に……唇は避けられる。


「ここは結婚式まで我慢します。ゆっくり休んでください、イーリス」


 叱った後のフォローが完璧とか、さすが宰相閣下。真っ赤になった顔を両手で包むものの、興奮は冷めなかった。そのまま夜明けまでベッドの上を転がりながら過ごし、翌朝……しっかり寝坊した。

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