60.騎士団も宰相閣下も承知でした

 ハンナの予想通り、リーコネン子爵が訪れていた。来客とあれば、未来の侯爵夫人として接しなければいけない。ルーカス様のエスコートで歩く私は、心持ち足取りが軽かった。


 重石になっていたストーカー紹介の謝罪を終えて、気持ちも体も軽い。食堂に着くまでの間に、その話をルーカス様に告げた。にこにこと聞いてくれる姿は、とても好感度が高い。まあ顔の良さも重なってブーストかかってると思うけど。


 やっぱりルーカス様のお顔が好きだな。そんな感想を抱きながら、食堂のテーブルについた。やたら長いテーブルだけど、今回は顔の見える距離で向かい合わせだ。


 大皿で運ばれる料理に驚いていると、顔見知りばかりなのでと言われた。運んだ侍女を下げれば、確かに私の「顔を知る」者ばかりだ。お陰で、久しぶりにヴェールを外しての食事を楽しんだ。


「ヴェールは窮屈か?」


「慣れていますが、ここまで毎日だと面倒ですね」


 早く顔を公開できるよう努力する。ルーカス様はそう口にした。やはり国王陛下との調整とか、大変なのかな。


「お嬢様、大切なお話があるのでは?」


 同席するハンナに促され、そうだったと手を叩く。エルヴィ様に頼まれて占った結果を、今度は詳細に説明した。他人だし、他国だし、気遣う必要ないよね。エルヴィ様の場合は家族だから濁したけれど、おそらく王族はほとんど残らないと思う。


 大規模な叛乱の話に驚くかと思いきや、ルーカス様とリーコネン子爵は、平然と話についてきた。


「えっと……ご存じでした?」


 目配せし合う様子から、私は嫌な予感に襲われる。これはもしかしたら、仕掛けた側だったりして?


「我々が準備して後押ししている」


「うわぁ……」


 政って綺麗事じゃない。理解しているけれど、こっちから仕掛けてたのか。嫌悪感はないが、不思議と罪悪感もなかった。たぶん、エルヴィ様が「滅びてしまえ」と言ってたせいかも。彼女が家族を懐かしむ様子を見せていたら、罪悪感で潰れたと思う。


「怖いか?」


 ルーカス様が? ぶんぶんと首を横に振り、言葉も付け足した。


「問題ないです。私が危害を加えられたわけじゃないですし、元から報復するって言ってましたものね。それに……エルヴィ様が気にしてないので」


「そうか」


 ほっとした顔のルーカス様を興味深そうに、じっくりと観察した後でリーコネン子爵がにやりと笑った。


「鬼宰相閣下の弱点ですか」


「いや、逆鱗だ」


 触れるなよ。忠告の意味を込めたルーカス様の脅しに、リーコネン子爵は素直に「承知しました」と返す。この人は本当に世渡り上手で、上司のソイニネン伯爵をよく支えているんだなと再認識した。団長は部下の信頼厚いけれど、上層部との折衝は下手だよね。それを副団長が補ってるのかも。


「リーコネン子爵」


「エサイアスで構いませんよ」


 思わず、未来の奥方様の顔を見つめる。呼んで大丈夫? そんな私にハンナがくすくす笑いながら頷いた。


「ではエサイアス様」


「なんでしょう」


「ハンナを監禁したら、あなたから彼女を取り上げますから……ちゃんと大事にしてくださいね」


 目を見開いて驚いた様子のエサイアス様は、ルーカス様を手で示した。


「こちらは問題ないのですか」


「監禁はしないはずです。信頼していますから」


 ぐさっと大きな釘ならぬ杭を打ち込んだ。私もハンナも、監禁はなしでお願いしますね!

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