51.自覚してした感情が熱い
心に重傷を負った私をよそに、王女様はとても楽しそうだった。うん、王女様が楽しいのはいいことだよ。瀕死に追い込まれたのが私の心だとしても……。
「私、こうやって色んなお話のできる友人が欲しかったのです。本当に嬉しいわ。仲良くしてくださいね」
「あ、はい。こちらこそ……よろしくお願いします」
危ない。口を滑らせて「お手柔らかに」とお願いするところだった。私の心を往復ビンタして踏みつけた自覚は、王女様にはない。迎えに来た侍女と共に、騎士ヘンリを連れて去っていった。
きっと優秀な侍女さんがお引越しを終えてくれたのだろう。家具はそのまま使うし、私物だけだから馬車一台分くらい? 多いのか少ないのか。私なんて木箱二つだけど、その中身も頂き物のドレスだったぐらいよ。
こちらに嫁ぐことは確定しているから、別便で私物が届くと言ってたっけ。やっぱり王族は荷物が多いんだな。一応、安静を言い渡されているので、窓からお見送りした。庭を横切って消えていく。あの先に繋がる扉があるのよね。
緊急時の避難先も確保されているから、安心して住める。ルーカス様の手配は「抜かりない」と表現するレベルだ。なのに、何となく嫌な予感がした。占いのカードに手を伸ばしかけ、迷って手を離す。
「イーリス、安静にと言ったはずですが?」
「ルーカス様こそ、ノックしてください」
「聞こえませんでしたか」
とぼけている? いや、私が聞き逃した可能性もあるので、肩を竦めてみた。頭も肩も痛くないのに、ルーカス様は慌ててやめさせる。触れた手が温かくて、ドキドキする。私は病気も併発したの?
ここで王女様の言葉が脳裏をよぎる。――あなたは愛されているわ。だって甘く蕩けるような視線を向けられ、あんなに大切にされているんだもの。
蕩けるような視線……大切に……? 触れた手を見つめる。痛くないよう強く掴まないが、止めようとする意思は感じた。でも押し付けがましくない。顔を上げれば、柔らかな灰色の瞳が私を見つめる。
濃い灰色に別の色が反射した。私の髪や瞳の色だ。それが照れ臭くて、でも嬉しくて。様々な感情が溢れた。私、すごくルーカス様が好きなんだ。そう実感したら顔が赤くなった。
「顔が赤い。熱があるのか?」
「い、いえ……」
否定したものの、恥ずかしいようなむず痒い感覚に襲われ、ふらふらと移動した。ベッドに座り、顔を両手で覆う。ヴェールに手をかけたルーカス様が、優しく私を横たえた。
「しっかり休んでくれ」
「……はぃ」
蚊の鳴くような声で返すのが手一杯だ。ルーカス様は具合が悪いからだと思ったようで、私のヴェールを外して上掛けを整える。静かに部屋を出ていく彼を見送り、顔を覆っていた手を緩めた。
「どうしよう」
明日から、ルーカス様の顔を見られない。好きなのに恥ずかしい。違うかな? 表現が出来ない感情を持て余しながら、早くハンナが復帰することを祈った。
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