50.王女様は恋愛小説がお好き?
王女様が古い屋敷をもらうことに何も言わなかったのは、慎ましいからじゃなくて裏を知っているから? ただ愛されて幸せに育つだけでは、王族でいられないんだろうな。私なんてのほほんと生きてきたのにね。ルーカス様も同じで、侯爵家当主になって宰相を務めるからには苦労したのだろう。
私は丁度良かったのかな。平民と違って生活に追われなくて済んだし、占いの特技があるから食べていくのに困らないお金をもらえた。子爵家の肩書きも私を守ってくれる。うん、運が良かったんだわ。
「頭のケガが痛むのかしら」
心配そうな王女様が首を傾げる。いつもきっちり編んでいた髪を、今日は解いていた。お引っ越し当日なのに、お見舞いに来てくれるなんて優しい。おそらく侍女や侍従にここへ放り込まれたんだろうな……と遠い目になった。
王女様に引っ越し荷物を運ばせるのはマズいし、人が大勢出入りする場所に放置したら襲撃や誘拐の対象になってしまう。護衛騎士ヘンリがいるとしても危ないもの。その意味で、安静を言い渡された私の部屋は安全だ。ルーカス様の付けた護衛がいるし、侍女も控えている。
ケガ人がいるから静かな上、王女様にしたら私のお見舞いは立派な仕事だった。命懸けで王女様をお守りして、敵の攻撃で頭部に傷を負った健気なご令嬢の偶像が見える。絶対に勘違いされてると思うのよね。誤解を解くのが正しいのか、放置して恩を売るべきか。こういう判断は苦手だった。
「いえ、ほとんど痛みません」
嘘をつかずに笑った。ヴェールで見えないけれど……。いい加減、このヴェールが邪魔なんだよね。包帯の上からだといつもと形が変わって、首筋でぞわぞわする。でも陛下の許可がないので取れないのが現実だった。
「占い師様は、宰相閣下に深く愛されておいでなのね」
突然の爆弾発言に、はぁ? と言いかけて呑み込む。相手は王族、まだ王族だから! はぁ? はマズイ。絶対に使っちゃダメ。口を手で押さえ、物理的に言葉を押し込んだ。
「イーリスとお呼びください」
何とか吐き出したのは、無難な呼び方の変化だけ。ずっと「占い師様」と呼ばれるのも恥ずかしい。声が少し擦れたものの、王女様はさほど気にしなかったようだ。素直に「イーリス様、ですね」と頷いた。
「どうして、その……」
深く愛されたの表現が出てきたんでしょう。尋ねる響きに、王女様は両手を胸の高さで組んで、うっとりと笑みを浮かべた。恋する乙女ってこんな感じ? 笑顔を控えめにしたら、祈りを捧げる聖女様でも通りそう。
「まあ! 自覚がありませんのね。……少し鈍いみたい」
ぼそっと後半部分で酷いこと言わなかった? 王女様相手に突っ込めないけど、首を傾げる。ここから怒涛の勢いで、王女様は捲し立てた。頭から血を流した私を見て、どれだけルーカス様が取り乱したか。出会ってから私を見る目が驚くほど優しいこと、幸せそうに名を呼ぶ響きなど。
こちらが赤面してストップをかけるまで、王女様は一気に話し倒した。満足げに「ほぅ」と甘い溜め息を吐き「本当に愛されておいでで、羨ましいくらいですわ。まるで小説の世界みたい」と締めくくる。その頃には、羞恥と照れで私の乙女心は瀕死状態だった。
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