46.小屋敷へ引っ越す前に

 まず、プルシアイネン侯爵家の屋敷で全員降りる。王家の馬車は、半日ほど休憩をとって帰るのだ。それまで王女様の引っ越し先がバレないよう、お屋敷に滞在すると聞いた。


 王女様が騎士ヘンリと暮らす家は、離れの小屋敷と呼ばれている。ルーカス様の弟夫妻が住んでいた屋敷で、元は曽祖父の代に建てられたとか。隠居して引きこもったり、家督を継がない弟さんが住んだり。有効に活用されてきた。


 お陰で屋敷は手入れがされて、まったく問題なく利用できる。弟夫妻は新しく建てる屋敷に引っ越すらしい。本邸となるこの屋敷を挟んで、反対側だ。屋敷の中から門に向かって、左が小屋敷、弟夫妻の新居は右側だった。


 本邸を守るような針葉樹の壁は、下半分がレンガの塀になっている。そこに小さな扉があり、本邸の庭と小屋敷の庭は繋がった。緊急時は逃げ込めるので、非常に便利だ。感心しながら、ルーカス様と屋敷の周囲を歩く。


「この扉は普段は施錠しますか?」


「いえ、そのままです。お使いいただいて大丈夫ですよ」


 外向きの柔らかな口調で答えるルーカス様は、王女様の小さな疑問に答えていく。小屋敷の家賃や使用人の派遣について。お抱えの行商人の紹介もお願いする姿は、本当にしっかり者と表現するのが似合っていた。


「王女様はしっかりしておられますのね。安心しました」


 思わず口を挟めば、驚いた顔をした王女様が「あなた、話せるのね」と返した。考えてみたら、王女様の前では「はい」くらいしか口にした覚えがない。馬車に乗り込んだ時の騒動は見ていないと思うし……そっか、凝視されてたのも、この辺が関係しているかも。


「ご無礼をいたしました。イーリス・ヴェナライネンと申します」


 宮廷占い師の肩書は、知っているはずなので省く。ヴェールをしているので、リンネアは名乗れなかった。いずれ、お友達になってもらったら、明かしたいけど。


「宰相殿には、難しい我が侭ばかり口にしました。私の方こそお願いしますね」


 謙り過ぎない上品な言葉に、会釈を返す。小屋敷の中は家具が配置されていた。そのまま使うもよし、入れ替えるもよし。王女様は猫足の長椅子がお気に召した様子で、何度も撫でて確認していた。このまま使うことに決め、入れ替える際は領主家御用達の商人に頼む。


 細々とした物も確認し、本邸に引き上げた。明日の朝、王家の馬車が立ってから引っ越す。夕食を一緒にいただき、宛てがわれた部屋に引き上げた私は、ヴェールを脱いで寝転がった。


 荷物が木箱で用意されたから、もっと長旅だと思ったけれど。想像より早く休めて安心した。柔らかなベッドでうとうとしていた私は、ノックの音で飛び起きた。慌ててヴェールを被り、扉を開くと……王女様が護衛の騎士ヘンリ付きで立っている。


「あの……少しお時間あるかしら」


「はい、どうぞ」


 上位者の訪問を断る気はないし、王女様とは仲良くなりたいので受け入れた。実は王妃様からも「友人として気遣ってあげて」と頼まれている。子爵令嬢には荷が重いけど、私も親しくしたいから問題なし。


「私は扉の外でお待ちしております」


 ヘンリは入室せず、扉を守るようだ。これでも未婚女性なので、正直助かった。


「突然ごめんなさいね。でも気になったの」


 何を聞かれるかドキドキする私は、王女様にソファを勧める。向き合って座った私の手を掴み、彼女は目を細めた。


「……宮廷占い師って、本当ですか?」

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