45.行き先は納得の侯爵領でした

 行き先は、プルシアイネン侯爵領の屋敷だった。それもそうか。ケチをつけられる前に、王女様を連れて移動するって言ってたもの。


「私はどうして同行するんですか?」


「婚約者だろう」


「まだ結婚してないです」


 婚約者だけれど、結婚はしていない。だから侯爵家の領地へ向かうのはおかしいと思う。私の出した結論に、ルーカス様は書類をすべて箱に戻した。文箱は艶のある綺麗な黒い箱だ。この箱と同じデザインで、タロットカードのケースを作れば素敵かも。


「王女殿下も僕も未婚だ。婚約者同席でないなら、領地の屋敷に滞在できないぞ」


 ああ、そういう意味でしたか。納得して頷くと変な顔をされた。こういう空気の読めなさは昔からで、叔母も呆れていたっけ。占いだけの専門バカとも評された。


「まあいい。今後、馬車の床に座らないように」


「はい。でも……」


「でも、はない」


 反論を封じられ、素直に頷いておいた。絨毯がふかふかで、とても気持ちよかったのだ。綺麗に掃除されているし、手で撫でても汚れなかった。だから座っても問題ないと思ったのに。やっぱり侯爵閣下ともなれば、いくら柔らかくても絨毯には座らないんだな。


 実家であるネヴァライネン子爵邸の一室は、ふかふかの高価な絨毯が敷かれている。部屋に入って絨毯の前で靴を脱げば、寝転がれるのが利点だった。あの絨毯は私の占いで王妃様が危機を回避したお礼に、と頂いたご褒美だ。あまりに素敵な柄と柔らかさだったので、空き部屋に敷いて一度も靴で踏んでいない。


 寝転がりたかったけれど、馬車の中だと狭いか。それに転がった先で、ルーカス様の靴に乗っても悪いし。諦めよう。


 ベンチになっている椅子は、これまた上質の柔らかさだった。長距離でもお尻が痛くなさそう。手で撫でて、クッションを背中に押し当てる。すごく乗り心地がいい。馬車自体も揺れが軽減されていた。


 これは寝てしまう。気をつけないと、一度も起きないかもしれない。公爵家や侯爵家の領地は、基本的に王都から近かった。辺境は伯爵家、その内側に男爵家や子爵家が並ぶ。我が家のように辺境にある子爵家もあるが、隣の領地の叔母様が伯爵なのも影響していた。


 何より、我が子爵家は王都から半日程度と近い。王都が国のど真ん中にないからだ。子爵領の向かい側である西の国境は、三日ほど馬車に揺られると聞いた。そんな距離、馬車で往復したらお尻が死んじゃう。


 ルーカス様が書類を捲る音が聞こえる。軋みがない馬車に揺られ、私は窓の外に目を向けた。そこで気づく。私、上席に座らせてもらってない?


「あの……お席が逆です」


「そうか、なら正せばいい」


 窓際に寄っていた私の隣、空いた場所にルーカス様が移動する。当然、私は向かい側へ行こうと立ち上がるが……さっと腰に手を回された。そのまま同じ位置に座らされる。


「うわっ、おかしいですって」


「婚約者が隣に座るのは当然だ」


 え? 上位貴族のしきたりだと、そうなってるの? 私が進行方向に背を向けて座るのが、普通じゃないの? まずい、常識知らずと思われちゃう。ぴっと背を真っ直ぐに伸ばし、大人しく座り直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る