39.絞れるところまで絞った結果

 王女様到着の連絡が入り、私は朝から着飾った。といっても、さすがに謁見用の正装となれば一人で着られない。王妃様かルーカス様の手配で、王宮の侍女が気合を入れて紐を引いた。


「もっと!」


「ぐっ、中身……でるぅ」


 情けない声を洩らしながら、叱咤されて腰を絞られた。占い師だからさ、そんな気合入れて絞らなくても……と思う。でも反論する声も出ないほど、紐を引っ張られていた。内臓が喉まで出たかと心配になるほど、腰に足を掛けて全力で絞られる。


 もしかして……王妃様にも同じ方法を使ってる? それとも私だけかな。ヴェールで顔を隠したまま、全力で細く仕上げてもらった腰を見る。胸が残念なので、しっかり確認できた。鏡が要らないくらい凹凸が寂しいのも悲しいな。


 ドレスを纏うというより、被せてもらった。私がすることは両手を上げて被り、ヴェールが取れないよう押さえることくらい。手慣れた侍女さん達の手で仕上げられたが、髪を結うのが大変だった。何しろヴェールで顔を隠さねばならない。 どうせ見えないからと話し、後ろで纏めるだけにしてもらった。


 髪飾りで固定して終わり。鏡で確認して頷き、お礼を告げる。微笑んで一礼して去る彼女達の達成感に溢れた満足そうな後ろ姿に、私の苦しさが重なった。王妃様とか王女様って楽なだけじゃないのね。大きく溜め息を吐きたいが、その前に息が吸えない。


 ゆっくり浅い呼吸を繰り返す私を、迎えに来たルーカス様が心配そうに見つめる。隣を歩く私の歩幅が明らかに小さい。運動量を上げて大股で歩くと、息が切れて倒れそう。肩で息をしながら歩くので、遅れていた。申し訳ないけれど、ハンナがいないので仕方ない。


 侍女達の雑談によれば、今までも「もっと絞れるのに」と思いながら私を見ていたそうで。今回はチャンスとばかりに絞り切った! お陰で腰の細い美人……ただし顔は見えない……が完成したのだ。


「少し緩めてはどうか」


「……っ、いまはむり」


 言葉がカタコトになりそう。倒れたら紐を切ってくれるよう頼みたいが、それすら考えがぼやけていく。絶対に息が吸えていない。自分でそう思うせいで、手が背中に伸びた。


「こちらへ」


 ぐいと抱き上げられ、角度が変わったことで少しだけ息が止まった。うぅ……死ぬ。呻き声しか漏れない私を近くの部屋に連れ込んだルーカス様は、失礼と前置きしてドレスの隙間に手を入れた。そう、彼は知っている。どんなに寄せても私の胸が偽物だということを。


 下着の隙間を辿った手が、器用に紐を手繰り寄せた。ふっと楽になる。暗かった視界が明るくなったような……快適さに大きく息を吸った。


「はぁ……生き返った」


「女性のコルセットは命懸けだな」


 苦笑いするルーカス様は紐をドレスの中に押し込んだ。縛り直したのか不明だけれど、まあコルセットが下に落ちることはない。だって、ドレスも締め付けているんだから。


「急ごう、遅れた」


「あ、はい」


 今なら走れそう! いそいそと早足で進む私達は背後に気を配る余裕はなく……。まあ、目撃されてもいいんだけれどね。婚約者だし?

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