38.毒を盛られそうになるお仕事
王女様はすぐにこちらへ立つ、と聞いた。恋人である平民の騎士も、護衛に紛れ込ませるとか。友人のご令嬢が親身になって相談に乗ってくれたらしい。いいなぁ、私は占い師になったから、女性の友人ってハンナやマイラだけなのよね。
いくら親しくお茶を飲む仲でも、王妃様や公爵夫人は友人と呼ぶのは失礼だし。顔見知りかな? 令嬢だけのお泊まり会の噂を聞くと、本当に羨ましかった。まあ、参加できても変なこと話せないから、占ってあげるのがせいぜいか。
「どんな方だろう」
ぽつりと呟く。今、この部屋には誰もいない。ルーカス様は仕事だろうし、侍女も下がっていた。内鍵のある部屋なので、しっかり施錠してからヴェールを外している。ごろりと寝転がり、長椅子でだらしなく伸びた。
「王女殿下は平民の騎士をお望み……でも、駆け落ちしたあとの生活って大丈夫なのかしら」
変な心配が浮かんだ。私は子爵令嬢として育ち、使用人も少ない。当然、身の回りのことは自分で出来る。でも王女様って出来ないよね。一から十まで使用人がしてくれるんだもの。
ドレス……は、駆け落ちしたら着ないか。でも下着……コルセットもしないだろうな。化粧は自分で出来るの? お料理は彼にしてもらうとして、お掃除や洗濯。日常は家事の連続だ。ベッドの毛布やシーツを干したり取り込んだり。
指を折って数えただけでも、大量にある。貴金属を大量に持ち出せたとしても、高く売るのは難しい。金貨も盗まれそう。となれば、定期的にご友人の令嬢に貰うのはどうかな。銀貨などに崩してもらって。
いろいろと当事者以上に悩んでしまい、私は苦笑して身を起こした。そこへノックが聞こえたので、ヴェールを被る。ドアの向こうには護衛がいるので、堂々と扉を開いて迎えた。
「お仕事お疲れ様でした、ルーカス様」
「ああ、こうして迎えてもらうのはいいね」
まだ新婚夫婦ではありませんけどね。お茶のセットを運んできた侍女からカートごと受け取り、私は紅茶の缶を開けた。くん……鼻をついた臭いに顔をしかめる。何か入ってるわ。
「別の紅茶を」
護衛の方に伝えて、カートごと外へ出した。驚いた顔をするルーカス様に事情を説明する。その間に新しい紅茶が届いた。今度は大丈夫そう。お湯でしっかり蒸らして紅茶を注ぐ。
「薬草に詳しいのか?」
「うーん、どちらかといえば……毒に詳しいです」
一時期、興味があって調べたのよね。誰かに使う目的じゃなく、同じ薬草なのに処理方法によって効果が変わる。占いのカードみたいだと思ったら、好奇心が抑えきれなくて。
話に耳を傾けたルーカス様は、なるほどと頷いた。でも腹筋と口元が震えて……いきなり吹き出した。そのまま大笑いして、しばらく復帰しない。ルーカス様って、冷たい印象だったけど笑い上戸なのかな。
ひとしきり笑って落ち着いたところへ、適温の紅茶を差し出す。自分でも口をつけて確認した。うん、問題ない。
「さっきの侍女さんは」
「ああ、目をつけていたんだが……やはり動いたな」
顔を見たことがない侍女だなと思ったら、潜入した隣国の人だったようで。詳しくもない政の裏事情をあれこれ聞きながら、紅茶を飲み干した。王女様の到着まで、私に出来ることは限られている。こうして大人しく囮になること。
大事なお仕事だ。ルーカス様は最初反対したけれど、陛下が押し切った作戦だった。私が王宮で守られているのは、国の重大な秘密を握っているから……と嘘の情報を流したの。お陰でスパイがごっそり引っかかった。
王女様は平民になるんだし、私と仲良くしてくれたら嬉しいな。小さな夢を抱きながら、ルーカス様のお話に耳を傾けた。策略って複雑で、聞いても混乱しちゃうのよね。
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