32.嫁入り前は里帰りが基本よね
条件は問題なし。家柄は向こうが良すぎるくらい。この辺までは、私の婚約と大差なかった。一般的には良縁だと思う。王宮の仕事をしているため、顔合わせはギリギリになると連絡が入った。
「働いてもいいそうですし、宰相閣下の推薦ならお受けしようかと」
迷った末、ハンナは承諾を決めた。結婚に際して女性側は持参金を用意するが、お相手が不要と告げたことが決め手だった。というのも、ハンナには弟妹がいる。弟の学費や家族の生活費を仕送りする彼女にとって、持参金は大きな負担だった。それが免除となれば、お断りする理由がない。
「持参金なら、うちで用意したのに」
イーリスとして稼いだお金はほとんど手付かずだ。料理人のマイラもそうだけれど、結婚するなら持参金くらい出せる。
「あ、私の持参金ってどうなるんだっけ」
王命による契約結婚なので、その辺は一般的な子爵令嬢の相場でいいのかな。侯爵夫人の格に見合う金額はキツイ。うーんと唸って、明日確認しようと決めた。結婚直前になって高額の請求をされても困る。
「お嬢様の婚礼の方が先になるでしょうか」
「ハンナが先かも」
一国の宰相ともなれば、身内だけで簡単なお式というわけにいかない。顔見知りだから王妃様が参加しそうだし、下手すると陛下もお祝いをくれそう。となれば、ハンナの方が準備が早い。お相手は騎士と聞いた。王宮で働いていても、爵位がなければ結婚式は地味だろう。
「ドレスは私が用意したいわ」
「お気持ちだけで……お嬢様の趣味は私と合いません」
きっぱり断られた。確かにセンスはないかもしれないけど、お金は私が払う。ドレスのデザインを選んだら、関わらせてくれるよう頼んでおいた。やっぱり子爵家の当主として、そのくらいはしないとね。
名称は子爵令嬢となっているが、私の両親は他界している。叔母が後見人を務めたのは一年前まで。今は女子爵と称するのが正しかった。ただ、周囲の認識が「未婚のうちは御令嬢」なので、そのまま令嬢で通している。奥様と呼ばれるのは、やっぱり結婚してからだよね。
「マイラは結婚しないのかな?」
「恋人がいる話は聞いていません」
料理人としてネヴァライネン子爵家で働く彼女は、このまま独身なのか。執事アルベルトは一度結婚して、死別していた。その辺は聞き出してもらうしかないかな。ハンナによくお願いしておいた。
「ではしばらく休暇をいただきます」
「ええ、気をつけてね」
結婚が決まったので、ハンナは実家へ報告に帰る。ハンナの実家は、ネヴァライネン子爵領の隣にある男爵領だった。近くなのだが、馬車を手配している。ついでに、子爵家の様子も見てきてもらう予定だ。
「温泉も楽しんできますね」
「うっ、羨ましい。私も早く帰りたいわ」
子爵家の庭にある温泉を懐かしみながら、私は彼女を見送った。長く離れるのは寂しいけれど、ハンナは実家で半月ほど過ごす。結婚前だもん、家族水入らずの時間は必要だよね。王宮の部屋で、私はごろりとベッドに寝転がった。
隣に置いた小説の表紙を撫でる。暇だな、飽きてきた。楽しかった読書も、毎日となれば疲れる。そろそろ子爵領ではお祭りの時期だった。手配とか、手伝いたいのに。一度火がついた里心は、簡単に鎮まりそうになかった。
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