31.条件のいい婚約が転がり込んだ

 ハンナは元男爵令嬢だけれど、三女だった。だから侍女として我が家に勤めている。貴族に生まれても、跡を継ぐ嫡子以外は外に出される。嫁ぎ先が貴族なら、貴族夫人に。もし平民と結婚すれば、平民になるのだ。


「お相手はどなたですか?」


「さる侯爵家の次男だよ」


 なるほどと頷く。爵位を継承できない次男や三男は、騎士や文官になることが多かった。そのため妻に爵位を求めない人が大半だ。自分が爵位を持たないのだから、ある意味当然だろう。能力が高い人は、上司がお見合いをセッティングして、婿に入ることもあるけれど。


 侯爵家の次男で、爵位のないハンナを妻に望む。見合いもなかった人となれば、そこそこの文官か騎士……悪いお話じゃないな。


「お見合いの場を設けましょう」


「いや、すぐ嫁いでほしいらしいぞ」


「……何か悪い評判でもある人ですか?」


 見合いで顔を見ることもなく? それってハンナを知ってる人か、問題があって顔を合わせられない人じゃないかな。まさかルーカス様ともあろう人が、婚約者の侍女にそんな相手を見繕ったの?


 疑惑の眼差しに、ルーカス様はくすくすと笑った。


「ハンナ殿に惚れたそうだ」


「ああ、そっちですね」


 頷きながら、私は嫌な予感を膨らませる。ネヴァライネン子爵令嬢の私は、滅多に夜会に参加しなかった。侍女を連れて他の貴族に会う機会がない、という意味でおかしい。もし占い師イーリスの時なら、ハンナは同行して王宮に入ることはなかった。


 イーリスが陛下からもらった屋敷内か、または子爵家の屋敷か。ハンナを見初みそめるとしたら、そのどちらかだ。なのに、両方とも該当する貴族が思い浮かばなかった。


「お相手のお名前を伺っても?」


「ああ、ニスカネン侯爵家だ」


 名門侯爵家だ。家柄もいいし、宰相閣下のお勧めとなれば良縁だね。私は構わないと告げた。選ぶのはハンナ本人だ。


「でもハンナがいなくなると困るかも」


「働くのは構わないと言っていたぞ。最初は難色を示していたが、説得した」


「え? ありがとうございます」


 ルーカス様の説明に安心する。前にハンナに求婚したリーコネン子爵はストーカーで、彼女を監禁しようとした。ハンナを自由に働かせてくれる人なら、きっと大丈夫だろう。


「近々、婚約について本人の意思を確認させてくれ」


「はい」


 約束を交わし、ルーカス様を見送る。浮かれながら、ハンナに婚約の話を持ちかけた。働いてもいい、宰相閣下と王宮のお墨付き、条件を聞いたハンナは迷う。一生の問題だし、当然だわ。


「しっかり考えて決めたらいいわ」


「ありがとうございます、お嬢様」


 姪を構う姿を見れば子ども好きだし、お料理や掃除も完璧な元男爵令嬢。私のハンナは最高のお嫁さん候補だもの。愛されて嫁ぎ、幸せになってほしい。そうだ、お祝いを考えなくちゃ。私は浮かれていた。


 失敗に気づくのって、失敗してからなんだよね……。

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