25.甘い囁きの中毒になりそう
ハンナは二日目にして「おかしい」と言い出した。でも私はのんびり過ごす。初日に、心配した王妃様に呼ばれたので、本が焼けてしまったことをお詫びした。
まさかよね、翌日には大量の本が再び積まれる。王宮で借りた部屋の棚に並べ、ゆっくりと読み始めた。その所為もあって、部屋から出なかったのだ。そもそも客間から出るには、ヴェールを被ってドレスに着替えなくてはならない。王宮はそういう場所だった。
正直なところ、面倒くさいなと思ってしまったのだ。部屋にいれば食事は運ばれるし、お風呂に入っている間に掃除も終わる。占いのカードの保管だけ気をつければ、他に心配はなかった。
王妃様は嬉々として毎日占いに訪れ、お菓子片手にルーカス様も顔を見せてくれる。子爵家の屋敷は執事アルベルトがいた。何も不安がないって素晴らしい。そう思いながら、過ごした五日目の日が暮れようとする頃、ようやく私は違和感を覚えた。
外に見張りがいる。それは護衛も兼ねているだろうし、構わないのだが……外から鍵が掛かってるのは違うよね。王宮に部屋を借りたけれど、罪人じゃないと思う。ハンナの指摘をちゃんと聞いておけばよかった。
「あの……外鍵は何のためですか?」
「君の安全のためだよ」
「はあ、なるほど」
ルーカス様って笑顔で嘘を吐くんだな。宰相職で身につけたのか、単に嘘が平気な人なのか。いや、嘘だと思ってない可能性もあったりして。
「そろそろリンネアに戻って、子爵家に帰ろうかと」
「なぜだ?」
真顔で尋ね返され、言葉に詰まった。私の方がおかしいのかな。向かいのルーカス様のお顔を堪能しながら、お茶を口に運ぶ。少し渋いお茶を半分ほど飲んで、カップを戻した。
「本来の私はリンネアですし、実家もあの屋敷です。そろそろ」
帰りたい。そう告げる前に、ルーカス様は首を傾げた。心底不思議そうに「だって、君は私の婚約者だろう」と告げられる。そこは間違いないので頷くが、すぐに「婚約者はイーリスです」と訂正した。
そう、宰相プルシアイネン侯爵閣下の婚約者は、宮廷占い師のイーリスだ。ネヴァライネン子爵令嬢リンネアではない。今もヴェールを被っていないのだし、理解してくれるよね。
「君はまだ分かっていないのか」
向かいの席を立って、隣に移動される。きょろきょろと助けを求めるも、ハンナは部屋の外だった。肝心な時にいないなんて! というか、私は未婚令嬢だから二人きりは……あ、婚約者ならいいのかな? いや、ダメでしょう。
混乱している間に、すっと隣に腰掛けられた。慌てて避けてしまい、さらに距離を詰められる。仰け反った私に顔を近づけ、ルーカス様は甘い毒のような言葉を吹き込んだ。
「私は君が欲しい。イーリスでもリンネアでもある、君が婚約者だ」
「で、でも……私」
婚約者としての署名はイーリスだから、リンネアは違います。反論より前に、綺麗な顔に見惚れた。その一瞬に、ルーカス様は悪魔より黒い笑みを浮かべて囁く。
「証拠もあるんだ」
婚約者の証拠って、何?!
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