22.息つく間もなく大炎上

 ステーン公爵令息の護衛として、隣国アベニウスから付き添った者が侵入者らしい。聞かされた時は、あの公爵令息の頭はどれだけ軽いのか、と唸ってしまった。政に疎い私でも「やらかした」と思うのだ。ルーカス様や陛下が追求すれば、話はすぐ終わる。


 私は安心して療養という名の休暇を楽しんだ。部屋から出られないが、それ以外の不自由はない。具合が悪いことになっているので、カーテンを閉めて鍵を掛けて閉じこもった。刺繍などの趣味がないので、占いと昼寝で過ごそうと思っていたけれど……。


「これはすごい量ね」


「お勧めばかりだそうです」


 ハンナが運び込んだ本は、表紙が明るい色ばかりだ。この国で本はお高めの趣味だが、裕福な商家のお嬢さんなら買える。貧乏子爵家の我が家にはあまりないが、恋愛小説の山に目を見開いた。


「こちら側は王妃様、反対側はムストネン公爵夫人からです」


 両側に積まれた本は、すべて恋愛小説だ。古い名作から、最新作まで。シリーズ物もあった。ハンナも驚く大量の小説を部屋に運び込んだ。贈り主ごとに、二つの山が作られる。運んだ侍従達の目があるので、しっかりヴェールを被った。


「お疲れ様でした」


 ハンナの労いで侍従達が出ていく。内鍵を掛け、ようやく肩の力を抜いた。


「読み終えるまでどのくらいかかるかしら」


「何にしろ、暇潰しには困りませんね」


「でも、次のお茶会で感想を聞かれると思うのよ」


 今までは「読んでおらず、申し訳ありません」で切り抜けてきたのに。こんなに贈られては、読んでいないとは言えない。どうせならお金で欲しかったな……なんて思ってしまった。


「有り難く拝読しましょう。お礼状は先に出す方がいいわね」


 部屋に常備された便箋にお礼を記し、王宮から来た侍従達に持たせた。この本を読み終えるまで、私は部屋で大人しくしていよう。本を読むのは好きだし、どうせ部屋から出られないんだもの。


 割り切って本を手に取った。反対側でハンナも目を通す。互いに無言でお茶を飲みながら一気に読み進めた。ふと気づけば、室内が灯りで明るい。ハンナは冷えたお茶のカップを片付け、読み終えた本を棚に片付け始めた。


「ありがとう」


「ええ。プルシアイネン侯爵閣下は遅くなると連絡がございました。先に夕食を済ませてほしいとのことです」


 いつの間に! 読書に夢中になりすぎて凝った肩を解し、大きく伸びをした。夢中になりすぎて、周囲の音に気づかないのは悪い癖だ。苦笑いしながら、本に栞を挟んだ。


「……変な臭いがしない?」


 くんと鼻をひくつかせる。何度も臭いを嗅ぐ。私の仕草を真似たハンナが、カーテンの外を確認した。隙間から扉を開くのと同時、扉が激しく叩かれる。


 咄嗟にヴェールを掴んで被った。


「火事です! ヴェナライネン様、鍵を開けてください」


「お嬢様、外が燃えています」


 ハンナの報告を聞いて、慌てて鍵を開ける。誘導する騎士の後ろに従い、ハンナと手を繋いで廊下を抜けた。屋敷を出た私達の目の前で、国王陛下から賜った屋敷が燃えている。


「これって弁償するのかしら」


 あまりの衝撃に、どうでもいい言葉が口をついた。

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