14.有能な宰相閣下の贈り物?
「気詰まりだろうと思ってね」
手配したんだよ。そう微笑むルーカス様に、私は感激していた。そうなの、知らない人が多くて気疲れしてしまう。人見知りではないと思うけれど、環境の変化についていけない。
「ありがとうございます」
使用人を大幅に入れ替えてもらえた。王家から派遣される使用人を数日に一度の通いに変更し、泊まり込みをハンナと護衛だけに絞る。これにより、護衛する側も楽になるのだとか。確かに、侍女姿の女性がうろうろしていても、王宮から来た人か判断できないし。侵入者だったら大変だもの。
大きく頷いて承諾する。宰相閣下のプルシアイネン侯爵家は、有能な宰相や文官を輩出する名門だ。護衛も身元がしっかりしていて、互いに顔見知りを配置するらしい。普段一緒に行動する者同士なら、連携も取りやすいので納得した。
ハンナやアルベルト、マイヤ相手なら、私が緊張しないのと似ている。三交代で入れ替わる護衛は十人ほど。料理人も王宮ではなく、侯爵家から貸してもらえるとか。本当に有難いわ。
「構わない。それより、私もこの屋敷から王宮に通うことにした」
「……はい?」
「政略ではなく恋愛なのだと知らしめる必要があるし、婚約者と良好だと示すいい方法だからね」
「はい……」
確かに口裏合わせの時、そんな話をした。イーリスに惚れた宰相閣下が三年の片思いを経て、陛下や王妃様の仲立ちで婚約する。その経緯を考えれば、両思いの二人が一緒の屋敷で暮らすのは普通だ。
「この国と戦争する覚悟が無ければ、宰相の住む屋敷を襲撃しないだろう。それと、私もそこそこ戦えるから戦力になる」
はぁ……有能な宰相閣下というのは、ここまで先読みするのね。一つの行動にいくつも理由と牽制が込められている。ここまで考えて動くの宰相職なら、私には絶対無理だわ。
こくこくと頷き、夕食でまた会おうと別れた。常にハンナと行動するよう言われ、彼女と自室へ戻る。
「政治は難しくて、奥が深いのねぇ」
思わず漏らした呟きに、ハンナはくすくすと笑った。ソファに腰掛け、私はお気に入りのクッションを抱き締める。これは愛用の品で、アルベルトに子爵邸から運んでもらった。流水の地模様のクリーム色の生地に、赤い葉の刺繍が入っているの。ふわっとポプリの香りがした。
「いろいろ気遣ってくれて、感心しちゃうわ」
「ええ、本当に。お嬢様を大切にしてくださる方で安心いたしました。これからもお任せできそうですね」
「ええ、優しくて有能で……私なんかが婚約者で申し訳ないわ」
「あら、私達自慢のお嬢様です。貶さないでくださいませ」
大袈裟ね。ハンナの言い分にふふっと笑い、ごろりとソファに寝転んだ。部屋の中なのでヴェールを外す。そこで近づいたハンナが、不思議そうに首を傾げた。
「この髪飾り、どうなさいました?」
「え? ハンナが付けてくれたじゃない」
朝、髪を梳かしたハンナが選んだはず。彼女は手を伸ばして髪飾りを外すと、私に見せた。確かに知らない髪飾りだ。レースのように繊細な銀細工に、黒っぽい真珠が飾られている。高そうね。
「あっ、ルーカス様だわ」
ハンナは事情も聞かず、そうですかと納得する。未来の夫である婚約者に貰ったのなら、問題なし。そんな彼女の判断は間違いじゃないけれど……ソファから起き上がってベッドの上を確かめる。
……私の髪飾りがない。安い品だから惜しくないが、ルーカス様が持って行った? まさか、ね。ないない。ルーカス様の髪も肩に届くほど長いけれど、あんな安物使わないでしょ。呑気な私は、安い髪飾りが高級品に替わったと喜んで、そのまま宝飾品のケースへ片付けた。
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