11.口裏合わせは大事です

「婚約者殿は、ご機嫌麗しくないようだね」


 穏やかな口調で耳に心地よい声、飛び起きようとして動きを止めた。ぼやける距離の顔は、それでも麗しい。さらに距離を詰めようとする宰相閣下に、ずりずりと後ずさった。


「イーリス殿?」


「あ、呼び捨てでいいです。プルシアイネン侯爵様」


 占いが得意なだけの子爵令嬢だ。婚約者の間だけでも、今の甘い声で「リンネア」と呼ばれてみたい。まあ、実際は占い師としての婚約なので「イーリス」なのだけれど。一度でいいから呼ばれたいな。願望を持つのは自由で、妄想は外に漏らさなければ問題ない。


 少し距離を置いてから起き上がり、慌てて身なりを気にした。スカートが捲れていなかったか、ヴェールはずれていないか。髪が乱れていたらどうしよう。恋する乙女は意外と忙しなかった。


「婚約者は他人とは違う。イーリス、私のことはルーカスと呼ぶように」


「はい、ルーカス……閣下?」


「閣下は不要だ」


「ではルーカス様」


 敬称は要らないと言われても、呼び捨ては無理だった。妥協してくれるよう頼み、承諾をもらう。もちろん、私に関しては呼び捨て大歓迎だ。


「えっと……ハンナ、お茶の用意をお願い」


「承知いたしました」


 さすがは貴族家の侍女だ。扉を開けたまま退室した。婚約者といえど、未婚の男女。彼女は知らないが、婚約は偽装なのだし。開けっ放しは助かる。主に宰相閣下の名誉のためだ。


「細かな打ち合わせをするため、押しかけてしまった。それと署名が足りない書類があった」


 事前の連絡もなくすまないと眉尻を下げる。ルーカス様のお顔の良さに、私は真っ赤になった。こくこくと縦に首を振るだけの人形である。汚い文字だが、イーリスの名をしっかりと記載した。くるりと羊皮紙で巻いて書類を胸元に回収する。


 ルーカス様の所作は、洗練された感じがした。彼の纏う清潔感たっぷりの香りも、花というより薬草に近い。質実剛健? ちょっと違うかな。なんだか安心できる人だ。


「構いません。婚約の詳細については、外部に秘密ですね」


「ああ、それと……出会いの話を捏造しておこう」


 確かに、今までそんな話がなかったのに、突然婚約が成立すれば、あちこちで尋ねられるだろう。事前に口裏を合わせておくのは大切だ。


「国王陛下に紹介された三年前に、私が君に一目惚れした。だが中々言い出せず、王妃様のお気遣いで婚約が成立したばかり。誰かに尋ねられたら、そう答えてくれ」


 王妃様や陛下が巻き込まれているのは、王家公認の婚約者と強調するためだ。隣国の公爵家となれば、王家の親戚だ。無理難題を吹きかけてくる可能性があった。国王陛下や王妃様が関わっていれば、簡単には覆せない。


「わかりました」


 そこで気づいた。王家の秘密を知る高官の引き抜きが禁忌というなら、婚約しなくても断れたのでは? 私だって、国の秘密を知る相談役のような肩書きなのだし。相手もこの能力欲しさに婚約を申し出たはず。


 なぜ、これを前面に押し出して断らないんだろう。疑問が湧いたが、私は心の中で握り潰した。初恋の人と婚約できるチャンスなんて、この先絶対に訪れない。数日でも数カ月でも堪能したかった。


「お茶のご用意が出来ました」


 戻ったハンナが丁寧に紅茶を注ぎ、王妃様の焼き菓子のお皿を置いた。男性はあまり甘いものが好きではないかも。そう思ったが、ルーカス様はジャムを載せて焼いたクッキーを選ぶ。美味しそうに食べる姿に、嬉しくなった。


 甘いもの、お好きなのかしら。たくさん用意してお迎えしよう。偽装でも婚約者なのだし、差し入れとか許されるよね。ウキウキしながら、お茶を楽しんだ。







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本年もお世話になりました。

ぜひ年末年始休みに、こちらの作品をお楽しみください♪ 電子書籍なので、即日読めます☆⌒(*ゝω・`)ニコッ♪

【今度こそ幸せを掴みます! ~冤罪で殺された私は神様の深い愛に溺れる~ 】

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来年もよろしくお願いいたします。よいお年をお迎えください。

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