第85話 グッピーが人気を博す


 久しぶりにエマさんが商談にやってきた。

 再開された取引は順調でリンゴのコンポートは在庫をすべて買ってもらうことができている。


「もう少し供給量を増やしてくださるとありがたいのですけどね。ガンダルシア島の保存食は海軍士官たちのあいだで大評判なんですよ」

「それはありがたいけど、いまのところは無理かなあ」


 リンゴの木の数は決まっているし、加工してくれるのはドウシルとカウシルだけである。

 僕やシャルが手伝うこともあるけど、人手が足りないのだ。


「ところで……」


 そう言って、エマさんは熱心な眼差しで部屋の隅に置いてある水槽を見つめた。

 水槽の中では青々とした水草の間をガンダルシアグッピーの群れが泳いでいる。


「あの魚を売っていただくことは可能ですか?」

「グッピーが気に入りましたか?」

「ええ、とても。私の書斎に置いておきたいというのもありますが、私はあれを販売したいとも考えております」


 熱帯魚の販売か。

 前世ではそのような商売もあったなあ。

 専門店だけでなくホームセンターの一角でも売られていたような気がする。

 この世界でも観賞用の魚は売れるかもしれない。

 だけど、問題が二つある。


「お売りするのはかまわないのですが、飼うのはたいへんですよ。水温を一定にしてポンプで空気を送り続けなければならないのです」


 グッピーは比較的強い魚ではあるけど、水温を保つヒーターと空気を送り込むポンプは必需品だ。

 僕はポイントを使って手に入れているけど、こちらは島の外へ出荷できない。


「それについては知り合いの錬金術師に頼んでみようと思っています。なんとかなるでしょう」

「でしたら大丈夫かもしれませんね。水槽ができたらお譲りしましょう」

 

 グッピーは繁殖力が強い魚で、ここでも稚魚を産んでいる。

 数を制限しながら売り出せば問題はないだろう。

 なんならエマさんがブリーダーになって、商売をしてもらっても僕はかまわない。

 川で乱獲するよりはずっといいと考えているくらいだ。


 グッピーに新たな商機を見出したエマさんはすぐに水槽を発注した。

 この世界には火炎魔法を応用した湯沸かし機が存在するのだけど、ヒーターにはその技術が応用されたらしい。

 ポンプも同様になんらかの技術を応用したそうだ。

 詳しいことは聞いていないけど、どちらもかなり高額でワンセットで60万クラウンからとのことだった。

 そんなものが売れるのかと心配していたのだけど、これが驚くほど売れているらしい。

 予約は半年先までいっぱいになっているとのことだ。

 物珍しさもあって都の富裕層を虜にしてしまったとの話である。

 グッピーの方も雌雄セットで1万5千クラウンの値段がついている。

 ただ、これは今だけの話だろう。

 売られた先で交配がすすめば魚は増えるだろうし、そうなれば価格は落ちると思う。

 ガツガツと商売をする気はないので、それでいい。


 だけど、そうはいかない魚もいる。

 それがガンダルシアグッピーだ。

 こちらはなんと10万クラウンのプレミアがついてしまった。


「父上、どうしてこいつらはこんなに高いのですか?」


 ガンダルシアグッピーに餌をやりながらシャルが聞いてきた。


「それはね、ガンダルシアグッピーはここでしか増えないからなんだ」


 普通のグッピーが条件さえ合っていれば稚魚を産むのに対し、ガンダルシアグッピーはこの島でしか稚魚を産まなかったのだ。

 ガンダルシアグッピーの世話をするのは僕とシャルとメアリーである。

 世話と言っても、毎日の餌やり、たまに水槽の清掃と水の入れ替えくらいだからそれほど手間はかからない。

 ただ、大規模に繁殖する気もないので価格が上がってしまうのは仕方のないことだった。

 エマさんも特別なお得意さんにだけ売ると言っていたから現状維持でいいだろう。

 販売はプロに任せて僕はのんびりと島の開発だ。


「父上、今日はなにをするでありますか?」

「沿道の花壇を整備しよう。そろそろ温泉の壁の絵も新しくしたいなあ」


 なんてのんびりしていたら、宮廷から使いが来た。

 どうやら陛下がガンダルシアグッピーを飼いたいらしく、僕に直接依頼してきたのだ。

 陛下にはお世話になっているのでグッピーを販売するのにやぶさかではない。

 さっそくお届けするとしよう。

 グッピーの輸送にはノワルド先生が振動を軽減する台を作ってくれた。

 お蕎麦の配達などで使われる出前機にそっくりなやつだ。

 そう、バイクの荷台についている吊り下げ式のあれである。

 これのおかげで、どんなガタガタ道でも水槽の水はこぼれない。

 この装置を計四個、荷馬車に取り付けた。

 だけど、ルシオが運ぶには重すぎるなあ。


「シャルが引っ張るであります!」


 沿道の人が驚くだろうけど、今回はそうしてもらうほかはないか。

 ところがそれに待ったをかけた者が現れた。


「ブルルルッ!」


 シルバーである。


「シャル、シルバーはなんて言っているの?」

「俺も連れていけ、と言っているであります」


 都見物がしたいから、荷車を引っ張っていくということらしい。

 さすがは好奇心旺盛な馬である。

 だけど、シルバーのパワーは並の馬をはるかに超える。

 水槽くらい余裕で運んでくれるだろう。


「それじゃあお願いできるかな?」

「ヒンッ!(任せておけ!)」


 シルバーは気まぐれなので、そこだけちょっと心配だな。

 準備万端整ったところでポール兄さんが僕を訪ねてきた。


「セディーが都へ行くと聞いてやってきたんだ。俺も同行させてくれ」

「兄さんが牧場を離れるなんてめずらしいね」

「こいつを都のレースにデビューさせるためだ」


 兄さんが乗ってきたのはジャストールという牡馬で、牧場きっての有望株とのことだった。


「アレクセイ兄さんに見つからないように育てたんだね」

「ああ、わざわざ違う村の牧場に隔離していたのさ」


 ポール兄さんは牧場の他に領地である村を二つ持っているのだ。

 きっと、そこで極秘裏かつ大切に育てられたのだろう。

 馬見知りの激しいシルバーもジャストールとは馬が合うようで、二人して砂浜を走ったり、リンゴをかじったりしている。

 これなら喧嘩もないだろう。

 こうして僕らはポール兄さんと一緒に都へと出発した。

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