第74話 幸福のワイン


 大穴の中で僕は鉄道を出現させた。

 体から四十個もの光の玉が飛び出し、いつもより派手なエフェクトがかかっている。

 高い金属音がいくつも折り重なり、島中が震えているようだ。

 やがてそれもおさまると目の前には列車と駅と線路が現れた。

 まずは列車から見ていこう。

 漆黒の車体に赤の差し色はレトロな蒸気機関車を彷彿とさせる。

 ただ、列車の動力は魔導モーターなので煙突は付いていない。

 正面にはダンテス男爵家の金のエンブレムが施され、とても格調高い仕上がりになっている。

 車列は二両編成で、一両目が客車、二両目が貨物車となっている。

 こちらはポイント消費によって増加が可能だけど、今はこのままでいいだろう。

 客車の内装は木目調で、グリーンの布をあしらった座り心地のよい椅子が三十脚配置されていた。

 路線はほんの数キロしかないけど、とてもラグジュアリーだ.

 次は貨物車だけど、客車のように豪華ではない。

 だけど、昇降機や小型クレーンが搭載されていて非常に便利である。

 広さも十分あるのでルシオと荷車を載せることだってできそうだ。

 このように列車は豪華な一方、駅は比較的簡素だ。

 改札口やベンチさえもなく、高くなったホームがあるだけである。

 もっとも植え込みやベンチもポイント消費で設置は可能だ。

 まあ、ここは地下なので日光は届かない。

 植え込みは必要ないだろう。


「セ、セディーさん!」


 ミオさんの震える声で振り返ると、鉄道職員の制服を着て震えていた。

 おお、従業員をミオさんに設定して魔導鉄道を作ったから、制服まで貸与されたのだろう。

 濃紺のジャケットとパンツにダブルのコート、制帽をかぶっており、肩からは革のカバンを提げている。

 小柄なミオさんが着ると、子どもが大人の服を着ているようなギャップの可愛さがある。


「こ、これ、どうなっているんですか?」

「魔導鉄道の制服だよ。夏用はこっちね。就業するときはそれを着てください」


 駅には券売機がない。

 つまり、当面はミオさんがチケットを売り、運航業務もこなすワンマンカーになるということだ。

 制服があれば、利用客にとってもわかりやすくていいだろう。

 今のところ駅は『オーベルジュ前』『シンプソン領側出口』の二つしかないので問題はないだろう。


「それじゃあ、さっそく試運転をやってみよう。ミオさんも頑張ってね」

「ええ、いきなりですか!?」

「魔導列車は自動制御の部分が多いから平気だよ」


 運航スピードを三〇キロくらいにすれば、怖がるほどじゃないだろう。

 僕たちは勇んで運転席に乗り込んだ。



 魔導鉄道が完成して十日が経った。

 本日は鉄道のお披露目式だ。

 ポール兄さんにお説教されたので、今日は僕が男爵になったお祝いパーティーも兼ねている。

 シンプソン伯爵の許可を得て、式典の集合場所はシンプソン領側の駅にした。

 ここから鉄道に乗ってガンダルシア島へ来てもらうという趣向なのだ。

 街道までの道はシャルが整備してくれたよ。

 藪を手で引っこ抜き、大岩を取り除いてすぐに道を作ってくれた。

 重機よりもパワフルな幼女である。

 急なことだったけど、近隣の貴族や知り合いに招待状を送ったら大勢の人が参加してくれた。

 シンプソン伯爵、ポール兄さんだけでなく、宮内府のテルベルット子爵も来てくださった。

 エマさんやサンババーノの魔女たちも来ている。

 それから、マッショリーニ氏なんかもね。

 一応の礼儀としてアレクセイ兄さんにも招待状を送った。

 無視されるかと思ったんだけど、なんとアレクセイ兄さんはやってきた。

 ちっとも悪びれた感じはなく、今も偉そうにふんぞり返っている。


「こんにちはアレクセイ兄さん」

「うむ、うまいことやったようだな。瓶詰にワインか……」


 なんだか悔しそうだけど、どうしてだろう?

 予定していた招待客はみんなそろい、ついにお披露目式が始まった。


「それではご覧ください。ガンダルシア島が誇る魔導鉄道です」


 トンネル内に待機しているミオさんに合図を出す。

 人々がトンネルの出口に注目していると、正面にダンテス男爵家の紋章をあしらった列車が姿を現した。


「なんだ、これは!」


 大きな乗り物と言えば帆船くらいしか知らない人たちなので、鉄道の威容に驚いているぞ。


「これが魔導鉄道、人と物を運ぶ新時代の乗り物です。扉を開きますのでホームから中へお入りください」


 僕は先導してゲストたちを案内した。


「ほう! これはいい、洒落たサロンのようですな」


 後ろの方でマッショリーニ氏の声が聞こえた。

 いいぞいいぞ、そうやって盛り上げてもらえればこちらも助かる。


「どうぞ、お好きな席におかけください」


 乗客がぜんいん乗り込むとスピーカーからミオさんの声が聞こえてきた。


「本日は魔導鉄道をご利用いただき、ありがとうございます。この列車はシンプソン領発、海底トンネル経由、ガンダルシア島行きでございます。間もなく発車いたします」


 列車が動き出すと人々の興奮は最高潮に達した。

 もっとも、すぐに地下へ入ってしまったので眺望はよくなかったけどね。

 海沿いの線路とかだったら気持ちよかったのだろうなあ。

 それでもトンネルの中は魔道ランタンのおかげで明るい。

 ガンダルシア島まで五分ほどの距離だったけど、招待客は冒険気分でトンネル内を楽しんでいるようだ。

 シンプソン伯爵が僕に話しかけてきたぞ。


「セディー君、これは予想以上に素晴らしいものだね」


 伯爵も鉄道の有用性を理解したようだな。


「お褒めにあずかりまして光栄です。乗り心地も悪くないでしょう?」

「実に快適だよ。ところで、この鉄道をルボンまで延長することは可能なのだね?」


 きた!


「シンプソン伯爵のご協力があれば」

「うむ、それについてはあとでじっくり相談したいな。時間をもらえるかね?」

「もちろんです」


 ルボンに駅が作れれば島へやってくる人は大幅に増えるだろう。

 列車はトンネルを抜けて地上に上がり、温泉の前を通過してオーベルジュに到着した。


「みなさん、どうぞオーベルジュへお入りください。ささやかながら立食パーティーの準備ができております」


 簡単につまめるようにピンチョスを用意した。

 前世のスペインの料理だ。

 ピンチョスとはスペイン語で串のことで、肉類、魚介、野菜、チーズなどを刺した料理でいろいろな種類がある。

 記憶を頼りにリンに作ってもらったんだけど、相変わらずいい腕をしている。

 どこれもこれも美味しそうだなあ。

 挨拶があるから食べられないのが残念だよ。

 クリームチーズとスモークサーモン、ローストビーフとガーリックバゲットのピンチョスはとっておいてもらって、あとで食べるとしよう。

 会場の端ではウーパーとメアリーが乾杯用のワインを注いでいる。


「僕が叙爵された要因になったガンダルシア島自慢のワインで乾杯しましょう」


 これにはみんなが喜んだ。

 近くにいたエマさんがにっこりと笑いかけてくる。


「評判は聞いていますわ。これは王太子殿下のパーティーで饗されたワインですよね?」

「はい、それがシャトー・ガンダルシア・スペシャルです。だけど、今日お出しするワインはさらに研鑽を重ねて作り上げた特別な品です」

「シャトー・ガンダルシア・スペシャルを超えるワイン? あれは業界でもかなりの評判を誇ったのに……」

「こちらにおいでのテルベルット子爵を通じて、すでに国王陛下にも献上している逸品です。その名もシャトー・ガンダルシア・エクストラです」


 テルベット子爵は得物を見つけた猟犬のように息を粗くしている。


「この日をどんなに待ちわびたか知れないよ。早く味わわせてほしいものだ!」


 招待状に新しいワインのことを書いておいたら子爵はすぐにやって来たのだ。

 みんなが期待に満ちた目でワインを見守る中でアレクセイ兄さんだけが不機嫌にしている。


「ふん、大袈裟な……」


 まあ、この人のことは無視しよう。

 会場のぜんいんにグラスがいきわたり、来賓を代表してシンプソン伯爵が乾杯の音頭を取ってくれた。


「セディー・ダンテス君と魔導鉄道に、乾杯!」


 ワインを飲んだ人々が静まり返っている。

 でもそれは落胆の印ではない。

 むしろその逆だ。

 テルベルット子爵なんて震えながらため息をついているぞ。


「完璧なワインだ……。それ以外の言葉がないよ」


 他の貴族たちも同じ意見のようだ。

 やがてざわめきは大きくなり、人々が一斉に僕のもとへ詰めかけた。


「ダンテス男爵、どうかこのワインを売ってもらえないだろうか?」

「申し訳ございませんが、現在のところ販売は考えておりません」


 ポール兄さん、お世話になったシンプソン伯爵とテルベルット子爵には二本ずつプレゼントする予定だけど、販売はもう少し先かな。

 先にテルベルット子爵のお仲間に品評会をしてもらって値段を決めないとね。

 出席者はワインと料理を楽しみ、僕のことを祝ってくれた。

 祝宴が終わりになり、僕は出席者たちを見送った。

 おや、アレクセイ兄さんがこちらへやってきたぞ。

 なんだか顔が赤いけど酔っぱらっているのだろうか?

 シャトー・ガンダルシア・エクストラは一杯ずつしか出さなかったけど、普通のシャトー・ガンダルシアはたくさんあったからそれを飲みすぎたのかもしれない。

 でも、足取りはしっかりしているな……。


「セディー……」


 おや、めずらしくお祝いでも言ってくれるのだろうか?


「あのワインを売ってくれ」


 違った……。

 この兄に常識を期待するのは間違っているのだろう。

 寄越せと言わなかっただけマシだと思うしかない。


「他のみなさまにも言いましたが、まだ売る気はないのです」

「そんな釣れないことを言うな。封鎖は解く。ダンテス領に入っても逮捕はしない。だからいいだろう?」


 ほう、兄さんが譲歩してくるとは思わなかった。

 だけど、不当逮捕をしないなんて当たり前のことなんだけどね。

 まあ、争ってもいいことはないか。

 まんがいち戦争になれば被害を被るのは庶民なのだ。

 だけど、言いなりになるのはごめんだぞ。


「商売のことはどうなります? 以前のようにエマさんと取り引きをしてもいいですか?」

「それも許す」

「じゃあ、一本だけ」

「たった一本だと⁉」


 アレクセイ兄さんが泣きそうな顔になっている。

 なんだかおもしろい。


「嫌ならいいです……」

「わ、わかった。それで手を打つ!」


 アレクセイ兄さんはめずらしいものが好きだから、折れたな。

 とにもかくにも、これで封鎖が解かれ、ガンダルシア島に平和が戻るのだった。


(第二部 終わり)

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