第72話 復活のワイワイヤル


 ガンダルシア島へ繋がるトンネルを見て、シンプソン伯爵はおおいに驚いていた。


「このようなものが存在していたとは、ちっとも知らなかったよ」

「ノワルド先生によると、このトンネルは何千年も昔に作られたもののようです」


 シンプソン伯爵は首をすくめながらトンネルの内部を覗き込む。


「天井が崩れたりはしないかね?」

「そちらも調査済みで、崩落の危険はないとのことですよ。安全のためにシャルの土魔法で補強もしてあります」


 僕らは連れ立ってシンプソン領からガンダルシア島へトンネルの中を歩き出した。


「なるほど、ここを使えば君の出荷も楽になりそうだ。ルボンから君の島へ行くのにも便利だろう」

「トンネルはシンプソン領につながっているので兄も手を出してはこられませんしね」


 そういうとシンプソン伯爵は苦笑した。


「我が領に兵を進めたら戦争だからね。さすがに王や諸侯が黙ってはいないだろう」


 その点、弱小領主、しかも弟が嫌がらせを受けたくらいじゃ、みんな見て見ぬふりなんだよなあ……。


「将来的にはトンネルに鉄道を通したいと考えています」

「鉄道とはなんだろうか? 鉄で道を作るということかな?」


 この世界にはまだ鉄道がないので、概念から説明しないといけないようだ。

 何とか理解してもらおうと僕は言葉を尽くしたのだけど、シンプソン伯爵はもうひとつ要領を得ていないようだった。

 魔導モーターを搭載した車両がレールの上を走る公共交通機関という概要は理解してくれたみたいだけど、やはりその利便性は実感できなみたいである。

 実物を見せられればいいのだけど、鉄道を通すには40ポイントとはべつに、3000万クラウンが必要だ。

 島民の給料や仕入れのお金を差っ引くと、僕の所持金は1500万クラウンくらいであり、必要資金の半分ほどしかない。

 できればルボンまで線路をつなげてみたいなあ。

 そうできればガンダルシア島へやってくるお客さんも増えだろうし、出荷も楽になるだろう。

 夢の実現はまだ先になりそうだけど、トンネルの出口に駅を作る許可はシンプソン伯爵にもらえたので、いまはそれでよしとしよう。




 幸福度100%の状態で世話をしたおかげか、予想どおりキラキラのぶどうがなった。

 僕らは早朝から輝くぶどう畑で収穫に勤しんでいる。

 メドックはぶどうを一粒口に入れて味を確かめた。


「うん、このぶどうだ。セディー様、これでまたシャトー・ガンダルシア・スペシャルが仕込めますね」

「いろんなところから注文がきているから助かったよ」

「午前中に収穫をすませて、午後には仕込みに取り掛かりましょう」


 美味しいワインができるのが嬉しくて、メドックも張り切っている。

 僕としても大いに嬉しいのだけど、ひとつだけ気にかかっていることもあった。

 もし、幸福度100%の状態できらきらのぶどうを仕込んだら、いったいどんなワインができ上るのだろう?

 それを実践することは難しい。

 あいにく今日の僕の幸福度は95%である。

 悪くない数字だけど、完ぺきではないのだ。

 今日はもう上がることはないだろう。


「セディー様、難しいお顔をしていらっしゃいますが、なにか気がかりなことでもありますか?」

「なんでもないんだ、ピノ。理想の追求は難しいなって思っていただけ」


 少し残念な気持ちがしたけど、こればかりは自分の意思ではどうにもならない。

 のんびりワインを作り続ければ、いずれチャンスは巡ってくるだろう。


 収穫したぶどうはすべてワイナリーに運び込んだ。


「こら、ルシオ。そんなにたくさんぶどうを食べちゃダメだよ!」


 荷車に積んだぶどうをルシオがむしゃむしゃと食べている。

 元気に荷車を引っ張ってくれるのはありがたいけど、つまみ食いが過ぎるぞ。

 違いが判るロバなので、ルシオも普段よりおいしいぶどうに自制が効かなくなっているのだろう。

 だけど、そんなにたくさん食べられたら、できあがるワインの量がへってしまうぞ。


「ほら、ルシオにはキラキラの牧草があるだろう? こっちをお食べ」


 幸福度100%でまいたので、牧草の方もキラキラになっていた。

 こちらは干し草にしてポール兄さんのところへ持っていく予定だ。

 こっそり牧場の馬に食べさせて兄さんを驚かせてやるのだ。


「セディー様、収穫したブドウはぜんぶ運び終わりました」

「ありがとう、ピノ。仕込みは午後からだから、メドックもピノもお昼休憩に入って。お昼ご飯を食べ終わったらまた落ち合おう」


 コテージに戻ってお昼ご飯の準備をした。

 ルールーが持ってきてくれたメバルがあるので、これをバターソテーにしよう。

 付け合わせは芽キャベツとジャガイモでいいかな。

 デザートに摘みたてのイチゴをたっぷりと食べるとしよう。

 野菜を洗っていたらメアリーがやってきた。


「坊ちゃま、ポール様がいらっしゃいましたよ」

「兄さんが? お昼を食べにきたのかな?」

「お友だちと二人でお見えになって、レストランで坊ちゃまをお待ちです」


 レストランに急ぐと、ポール兄さんは友人のマッショリーニ氏と歓談している最中だった。


「いらっしゃい、兄さん。マッショリーニさんもお久しぶりです。今日はどういったご用ですか?」


 そうたずねると、兄さんとマッショリーニ氏は苦笑した。


「もちろん、お祝いにきたのだ」

「お祝い? なんの?」


 あれ? 二人は苦笑を通り越してあきれ顔になっているぞ……。


「セディーは男爵になったそうじゃないか」

「ああ! そういえばそうでした」

「連絡くらい寄越さなければだめじゃないか。普通はパーティーなどでお披露目をするものだぞ」


 お披露目パーティーとは考えつきもしなかった。


「爵位と言っても男爵ですし、そんな大袈裟にしなくてもいいでしょう」

「お前というやつは……」

「まあまあ、セディー君らしく大らかでいいじゃないか」


 マッショリーニさんがとりなしてくれた。


「だが、まったくお祝いをしないというのもいただけないな。今日は私がご馳走するから、みんなで昼食会にしよう」


 マッショリーニさんが太っ腹なところを見せてくれる。

 だけど、大丈夫かな?

 カジノ・ワイワイヤルの経営はうまくいってなかったはずだけど。


「いいのか、マッショリーニ?」

「なーに、ポールには落ち目のときに世話になった。今日はなんでも好きなものを注文してくれ」


 マッショリーニさんは力強く胸を叩いた。


「ずいぶん羽振りがよさそうですね」


 僕としては褒めたつもりだったのだけど、マッショリーニさんは少しだけ困った顔になってしまった。


「じつは君に謝らなければならない」

「どうしたのですか?」

「この島にはホットドッグという食べ物があるだろう?」


ホットドックなら屋台で販売していて、温泉やお花見に来た人たちに大人気だ。

「あれ、ポール兄さんの牧場で作っているソーセージを挟んでいるんですよ」

「知っているよ。言いにくいのだが、あれを真似させてもらったのだ。カジノにきたお客がゲームを楽しみながら食べられると思ってね。そうしたら私の予想以上にホットドックが評判になってしまったのだよ」


 カジノ・ワイワイヤルにはホットドックを求めるお客が殺到しているらしい。


「勝手に真似をして申し訳ない」

「べつにかまいませんよ」


 ホットドックは僕が考案したオリジナル料理ではなく、前世の記憶を再現したに過ぎない。

 そうやって新商品を取り入れ、宣伝して、実績を上げたのはマッショリーニ氏の手腕なのだ。

 ちょっと待てよ。

 お客が殺到したってことは、カジノ・ワイワイヤルの業績は復活したのだろうか?

 ひょっとしたら株価も戻っているかもしれない。


「あの、カジノ・ワイワイヤルの株価は……」

「もちろんうなぎのぼりだとも。ほら」


 マッショリーニ氏は懐から新聞を取り出した。

 受け取った僕はおずおずと経済面を探してめくっていく。

 あった。

 僕の買った株は……、っ!

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