第46話 宴会の準備

 ポール兄さんからの手紙が届いた。

 以前から話のあった宴会の日取りが決まり、それを伝えてきたのだ。

 ふむ、宴会は六日後の夜か。

 コースは飲み物抜きで一人二万クラウン。

 なるべく珍しいものを食べさせてほしいと書いてある。

 きっと、友だちに自慢したいのだろう。

 兄さんの顔を立てるためにも、最高の食材で臨まねばなるまい。

 さっそくメニューの相談をするためにリンのところへ行った。


 すでにお昼の混雑した時間は終わっており、レストランの客はミオさんとノワルド先生だけだった。

 ノワルド先生は食後のコーヒーを飲みながら本を読み、ミオさんも景色を眺めながらくつろいでいる。

 これならリンの手も空いているだろう。


「リン、ポール兄さんの宴会の日程が決まったよ。メニューを相談したいんだけどいいかな?」

「ああ、かまわないよ」


 リンは前掛けで手を拭きながらやってきた。

 手にはカフェオレのカップを二つ持っている。


「ちょうどひとやすみしようと思っていたんだ。ここでやってしまおう」


 僕らは食堂のテーブルの一角に座って、メニューを考えた。


「兄さんは珍しくて美味しいものをご所望みたいなんだけど、何がいいかな?」

「そうだねえ、他所では手に入りにくいアボカドやパイナップルを使うのはありだと思うな。でも、それじゃあメイン料理にはならないね。珍しい食材かあ……」


 隣の席で本を読んでいたノワルド先生が顔を上げた。


「セディー、珍しい食材を探しているのかね?」

「そうなんです。先生に心当たりはありますか?」


 ガンダルシア島の植生を調べている先生なら何か知っているかもしれない。

 僕は期待を込めた眼差しを先生に向けた。


「ふむ、ツバメの巣などはどうだろう?」

「そうか、中華料理だ!」

「チュウカ?」

「いえ、なんでもありません」


 ここは異世界。

 四千年の歴史をもつあの国の料理はない。

 もっとも、東の方には似たようなファンシャオという国があるけどね。

 ひょっとするとファンシャオ料理にツバメの巣が使われるかもしれないな。


「間違えました、チュウカではなくファンシャオ料理ですね」

「ほお、セディーはかの国のことを知っていたかね」

「詳しいことはわからないです。それにツバメの巣についても詳しくはありません。普通のツバメの巣とはまったく別物ということはわかっていますが」


 家の軒下に作られるあれではないと思う。

 あんなものはどうしたって食べられないもん。


「うむ、同じ巣といってもまったくの別物だな。そもそもツバメの種類が違うのだ」

「といいますと?」

「食用になるツバメの巣とは、アナツバメの巣である」


 泥や小枝などを使って作る一般的なツバメの巣とは違い、アナツバメの巣はすべてアナツバメ自身の唾液から作られているそうだ。


「だから巣を食べることができるのですね」

「さよう、さよう」


 先生は嬉しそうにうなずいている。


「でも、知らなかったなあ。ガンダルシア島にそんなツバメが住み着いているなんて」

「先日の調査で見つけたのだよ。島の東側にある断崖絶壁に巣を作っておった。かなりたくさんいたから採取できる巣も多いだろう」

「採取できる巣と、採取できない巣があるのですか?」

「セディーだって家を勝手に持っていかれたら困るだろう? 採集していいツバメの巣は、役目を終えた古いツバメの巣のみだよ」


 研究に打ち込むときは厳しい眼差しをしているけど、こういうときの先生はとても柔和だ。


「そういうことでしたか。わかりました。使っていない巣だけを採ることにしましょう」


 ただ、問題はどうやって獲ってくるかだ。

 足場もないような場所だから簡単にはいかないはずである。


「シャルが登ってとってくるであります!」

「危ないからダメ」


 シャルなら平気かもしれないけど、ツバメの巣を見たことがないからなあ。

 それに、使用されていない巣を見極める必要だってあるのだ。

 よし、ここは友だちの助けを借りるとしよう。

 グリフォンのギアンに乗せてもらえば、きっと何とかなるはずだ。

 ユージェニーもそろそろ遊びに来る頃だからね。


「ところで、リンはツバメの巣を扱ったことはある?」

「素材を見たこともないから、今から楽しみね。どんな味がするのかしら?」


 転生前にしろ、転生後にしろ、僕も食べたことはない。

 だけど、ノワルド先生は食べたことがあるようだ。


「うむ、これが無味無臭だった」

「なんですって!」


 リンは途端に興味を失ってしまったようだ。

 リンが追求するのは美味しいものだからなあ。


「だが食感はおもしろかったぞ。キクラゲとゼリーの中間みたいだったなあ」

「先生はツバメの巣をそのまま食べたのですが?」

「いやいや、よく洗って茹でてから、塩を振って食べたな」


 うーん、あまり美味しそうには思えない。


「中華……ファンシャオ料理ではスープやデザートにしていたような気がするよ」


 僕が補足してもリンは気乗りしない態度をとっている。


「でもなあ……」


 そんなリンを見て先生は目を細めた。


「なんでも試してみることは大切だぞ。ひょっとしたら美味しい料理ができるかもしれないではないか」

「たしかに……」

「それに、ツバメの巣は薬としての効能が高いのだ」

「そうなの?」

「うむ、食べれば肌が美しくなり、病気をしなくなると言われている。しかも育毛効果まであると言われておる」


 そんなにすごいのか!


「だったら素材や薬として取り引きできるかもしれませんね」

「うむ、その可能性はあるな。私も研究してみたいよ」


 美肌効果に免疫効果か……。

 しかもこれはただのツバメの巣じゃない。

 ガンダルシア産のツバメの巣である。

 ひょっとしたら、すごいことになるかもしれないぞ。

 僕はワクワクしながらユージェニーを待つことにした。

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