第44話 挙動不審なお姉さん

 食品加工場が稼働し始めて数日が経った。

 今のところ生産は順調だ。

 作物は三日おきになるし、ドウシルとカウシルはまじめに働いてくれている。

 この分なら納品は滞りなくできそうだから、エマさんに手紙を書いて知らせるとしよう。

 メアリーもオーベルジュで働きだしたよ。

 掃除や料理、給仕などをマルチに手伝ってくれている。

 新しくガンダルシア島へやってきた三人もここでの生活に馴染んできたようでなによりだ。

 かく言う僕も絶好調。

 幸福度は連日の95パーセント越えで、ポイントも累積マックスの50まで貯まっている。

 そろそろ新しい道を整備しようかな?

 ポイントで新しい備品を手に入れるのもいいだろう。

 朝は菜園の手入れ、たまに洞窟へ採集に行き、みんなの仕事を手伝い、夜は勉強に勤しむなどして、充実した毎日を過ごしている。


 春になり日の出が早くなった。

 今朝もいつも通り畑仕事だ。


「父上、畑の石はすべて撤去したであります!」


 今朝もシャルが頑張ってくれて、畑の隅に岩が積みあがっている。

 さっそく、この岩を使って食品加工場までの道を舗装するとしよう。

 道が平らになればリヤカーを動かすのも楽になるはずだ。

 わずかながら生産性も向上するだろう。


「こっちもキュウリの収穫が終わったよ。今朝はハムとキュウリのサンドイッチを作るとしよう」

「のっほぅ! それはいい案であります!」


 仕事終えてキッチンに立ったのだが、マヨネーズが切れていた。


「これじゃあサンドイッチが作れないなあ」

「シャルは諦めません! リンにマヨネーズを分けてもらいましょう」

「それがいいね」


 レストランには大量のマヨネーズがあったはずだ。

 朝食はレストランの厨房で作ることにして、収穫したばかりのキュウリをたくさん持ってオーベルジュに向かった。

 これらのキュウリはレストランへの納品と、メアリーたちへのおすそ分けでもある。

 あとでルールーやノワルド先生へも届けるとしよう。


 レストランの裏口までやってくると、目ざといシャルが何かを見つけた。


「父上、大きな桃であります!」


 こんなところに桃の木なんてあったかな?

 記憶にはないけど、何が起こるかわからないのがガンダルシア島だ。

 一晩で巨大城塞が建築されることもあるのがアイランド・ツクールというゲームである。

 桃の木の一本くらい簡単に生えてきても不思議はない。

 ところが生えているのは桃の木ではなかった。

 というよりも、桃の実でさえなかったのだ。

 シャルが見ていたのは薄桃色のパンツをはいた、大きなお尻のことだった。

 なるほど、桃に見えなくもない。

 その人は建物の裏で低い姿勢を保ちつつ、中を覗き込んでいる。

 こんなところで何をやっているのだろうか。

 みたところ二十代くらいのお姉さんだ。

 銀色の長髪を一つにまとめている。

 薄桃色のパンツ、ふんわりとした白いニットを着ているので泥棒って感じではないなあ……。

 声をかけてみようか。


「そこは勝手口ですよ。御用があるなら表に回ってください」

「ひっ!」


 挙動不審なお姉さんは息を飲みこんでこちらを振り向いた。

 初めて見る顔で、ぱっちりとした目が印象的だ。


「オーベルジュに御用ですか?」

「は、い、いえ……、はい、そうなんです!」


 どっちなのだろう……?


「随分と早い時間にいらっしゃいましたね」

「あの、えーと、朝食を食べさせてもらおうかなぁって……」

「それで中を覗き込んでいたのですね。でも、レストランの営業はお昼からなんです。朝食は宿泊のお客さんにしかお出ししていないので」

「そうなんですね。それは残念。あははは……」


 お姉さんは目を泳がせながら笑っている。

 早朝に来てしまったのが恥ずかしかったのかな?


「お腹が空いているのですか?」

「お腹……? ええ、とっても! もう、ペコペコでお腹と背中がくっついちゃうかなって!」

「う~ん、どうしよう……。サンドイッチとかでよかったら食べます?」

「いいんですか! ありがとうございます。私はこの島が美味しいものに溢れていると聞いて内情を探りに……、じゃなかった、調べに……、でもない、見物にやってきたのです!」


 観光旅行ってことだろうか?


「ようこそ、ガンダルシア島へ。僕はセディー・ダンテス。この島の領主です」

「私はミオ・ヘッセンです」

「ミオさんはどちらからいらしたんですか?」

「ベルッカです」


 ベルッカはダンテス領の中心部であり、伯爵家の屋敷がある街だ。

 僕の故郷でもある。

 ミオさんはベルッカのリコア地区から遊びに来たそうだ。

 ここからだと徒歩で三時間はかかる距離だ。


「わざわざガンダルシアへ来てくださってうれしいです」

「いえいえ、私も楽しみにしてきました。しばらくここに逗留しちゃおうかなって……。お宿は空いていますか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 あれ、でもおかしいな……。

 なんとなく違和感を覚えるのは気のせいだろうか。

 ミオさんに対して解せない点が二つある。

 一つめ、僕が領主だと知っても驚かなかったこと。

 僕みたいな子どもが領主だとわかると大抵は驚かれるんだけど、ミオさんは自然に受け入れていた。

 ダンテスという家名を名乗ったからかな?

 二つめ、リコア地区は活気のある場所だけど、裕福な人々が住む地区じゃない。

 主に職人や労働者が暮らす地域だ。

 服装を見ればミオさんが一般的な庶民ということはわかる。

 それなのに旅行?

 この世界で旅行ができるのは限られた富裕層だけである。

 しかも、女性の一人旅は非常に危険だ。

 もっとも攻撃魔法や身体強化が使える人なら話はべつだけどね。

 僕は怪訝な顔つきをしていたのだろうか?

 ミオさんは慌てて言い繕った。


「あ、お金はあります。前金で払うので安心してください」

「はあ……」

「その、私……失恋旅行なのです!」

「え……」

「その、とある男に婚約破棄をされてしまって、傷心旅行中なのです。慰謝料はたっぷりふんだくったので、宿泊費のことは安心してください」


 聞かれてもないのに、ミオさんは自分からいろいろ話してくれた。

 でも、身の上を聞いたらかわいそうになってきてしまったな。

 ガンダルシア島にいる間は優しくしてあげよう。


「それでは表玄関からお入りください。すぐに朝食を用意しますからね」

「はい……」


 ホッとした表情になってミオさんは歩いて行った。


 ***


 ミオ・ヘッセンは軽い興奮を覚えながら道の砂利を踏んだ。

 ガンダルシア島の内情を探るべく派遣されたが、潜入はうまくいったようだ。

 セディー・ダンテスが自分の正体に感づいた様子はない。

 ふん、これくらい私にかかればどうってことのない仕事よ。

 心の中でミオはそう言って自分を励ます。

 そう、死と隣り合わせの冒険者をやるよりは、よっぽど楽な仕事なのだ。

 この島に危険はないのである。

 ミオが所属していたパーティーは、ミオ一人を残して全滅した。

 もう二度とあんな怖い思いはしたくない。

 任務を完了すれば二十万ゴールドの報酬が約束されている。

 それをもってミオは人生をやり直すつもりでいる。

 だからこそ、与えられた仕事はきっちりやり遂げるつもりだった。

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