第38話 ディナー
エマさんを温泉まで送ってから、僕はまた大急ぎでオーベルジュに戻ってきた。
いい加減に走り疲れたよ。
ヤギや鶏もいいけど、馬も欲しくなってきたな。
そういえば、アイランド・ツクールでもロバや馬が移動手段に使われていたっけ。
それだけじゃない、開発が進むと島に小型列車を引けた気がするんだけど、あれはどうなったのだろう?
僕や島のレベルが上がれば設置できるのかな?
セディー・ダンテス:レベル4
保有ポイント:22
幸福度:97%
島レベル:2
僕のレベルは4まで上がっているけど、島レベルはまだ2のままだ。
もう少し頑張らないといけないな?
「ただいま!」
扉を開けると、リンとウーパーが待ち構えていた。
「どうだった、お客さんは?」
「部屋も温泉も気に入ってくれたみたいだよ」
「俺のことを怖がっていなかったか?」
ウーパーは心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫だよ。むしろ見とれていたくらいなんだから。支配人として立派にやっているよ」
「そうか。だったらよかったぜ!」
初めての宿泊客ということでウーパーも緊張していたようだ。
「それで、ちゃんと食の好みは聞き出してきたかい?」
リンが訊いてきた。
「好き嫌いはないってさ。肉も魚も好きだって。特にカニは大好きって言ってたよ。それと甘いものもね」
今夜のディナーのメニューを決めるため、エマさんの好みを聞き出すようにと、リンから厳命されていたのだ。
「カニが好きならルールーが持ってきてくれたワタリガニが使えるね。あれをクリームコロッケにしようかな」
「だったら、このまえ作ったソース・アメリケーヌを合わせようよ」
「いいねえ! それならバッチリ合うと思うよ」
ソース・アメリケーヌは読んで字のごとくアメリカ風のソースだ。
ロブスターの殻と野菜を炒めてからとる出汁は濃厚で、強いコクが特徴である。
色も独特でオレンジ色だ。
超大国ではあるのだが、リンはアメリカなんて国はとうぜん知らない。
ソースの作り方を教えたのはもちろん僕だ。
といっても詳しいレシピまでは覚えていない。
ロブスターと野菜をいためて出汁を取り、そこにスズキなどの魚のアラでとった出汁を加えて、煮詰め、生クリームで伸ばしたもの、という概要を伝えただけである。
でも、さすがは天才料理人だね。
それだけで、リンはきっちりとソース・アメリケーヌを再現していた。
「メインディッシュはそれでいいとして、デザートはどうしよう。やっぱり季節のものを使いたいな」
「そうそう、頼まれていた砂糖を買ってきたよ」
「じゃあ、予定通りマロンシャンティを作るかな」
ここで、ウーパーが意見を言う。
「やっぱり酒があった方がいいんじゃないか? ワインくらいあった方が格好がつく思うんだが。せっかくの地下室が泣いているぜ」
それは正論だ。
「とりあえず赤と白のワインを何本か買ってくるぜ!」
飛び出そうとするウーパーをリンが引き留めた。
「だったらブランデーも買ってきて。マロンシャンティ―に使うから」
「任せておけ。俺がひとっ走り行ってルボンで買ってきてやるよ。こう見えて、酒にはうるさいんだ。安くてうまいのを見繕ってきてやる」
「膝は大丈夫?」
「温泉のおかげでちっとも痛くねえよ!」
リンが仕入れ用のお金を渡すと、ウーパーはすぐに駆け出して行ってしまった。
本日のメニュー
前菜:焼きナスとオリーブのカナッペ
主菜:カニクリームコロッケ ソース・アメリケーヌ
焼き立てパン
デザート:マロングラッセの入ったマロンシャンティ
コーヒー
以上に決まった。
ソファー席に移ったエマさんは、ウーパーが買ってきた食後酒を飲みながらご機嫌だった。
「うふふ、もう一杯いただいちゃおうかしら。オーベルジュはお酒をたくさんいただいても、部屋で休めるから便利よね」
すぐにウーパーがお代わりを注ぐ。
琥珀色の液体がグラスを満たし、ろうそくの灯りを柔らかく反射した。
秋の夕べは優しく暮れていく。
「お料理もとても美味しかったし大満足だわ。次に来るときは三泊くらいしたいものね。いっそここに住んでしまいたいくらい」
エマさんはそう言ってくれたけど、僕のステータス画面は開かなかった。
もしエマさんがこの島の住人になる運命の人なら、何らかの反応があってもいいはずだ。
まだ時期が早いのか、それとも、彼女はこの島の住人にはならない人なのかもしれない。
とにかく、新しい施設が建てられるような気配はなかった。
エマさんはいい人そうだからちょっと残念だけど、多くを望みすぎるのはよくないだろう。
オーベルジュの常連として、ガンダルシア島を愛してくれれば、それでじゅうぶんだという気もしている。
このように宿泊客が増えてくれれば僕の未来も安泰だ。
ヤギと鶏の購入は先延ばしになってしまったけど、計画はのんびりと進めていけばいい。
そんな風に考えていた。
翌日、エマさんは満足そうな、それでいてちょっと寂しそうな笑顔でチェックアウトした。
「楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうわね」
「ぜひ、また来てください。その時はもっといろんな場所を案内しますよ」
「ええ、必ずそうするわ」
「これをどうぞ、お土産です」
リンが作ったリンゴと洋ナシのコンポートを一瓶ずつ渡した。
「ありがとう、これ大好きなの!」
「暗い所に置いて蓋さえ開けなければ半年くらいはもちますけど、なるべく早く食べてくださいね」
「え、半年ももつの!?」
エマさんはびっくりしている。
そう、この世界ではまだ、瓶詰は一般的ではないのだ。もちろん缶詰なども存在しない。
そもそも、細菌が食べ物を腐敗させることすら、誰も知らないのだ。
それはノワルド先生のような知識人でさえも同じで、腐敗の理由をきちんと説明できる学者はどこにもいなかった。
だから、僕が瓶を煮沸して滅菌し、初めて瓶詰を作ると、ノワルド先生は非常に驚いていた。
細菌の話をしてあげたら、涙を流して喜んでいたくらいだ。
「半年も腐らないなんて、ちょっと信じられないけど、ありがたくいただくわね」
エマさんは喜んで瓶詰を鞄にしまっていた。
そして、少し考えてからおもむろに10万クラウン金貨をカウンターの上に置いた。
「あ、お代は1万5千クラウンです。8万5千クラウンのおつりなんてあったかな……」
「おつりはいいわ。それよりも、私の話をよく聞いて。今日から三十日後、私はこの瓶詰を開けてみるわ。もしそのとき、コンポートが腐っていなくて、美味しく食べられたのなら、同じものを百個……、いえ、三百個注文したいの」
「瓶詰を三百個ですか……?」
「そうよ。おつりは手付みたいなものね。もし、他から注文が来たとしても、私へ優先的に売ってもらいたいから」
保存のきく瓶詰を大量購入するということは……。
「エマさんはこれを船乗りに売るつもりですか?」
「よくわかったわね! 実はそのとおりなの。昨日橋のところで商売がうまくいっていないという話をしたでしょう」
「ええ、聞きました」
「あれはね、私の所有する船の船員に病人が続出したの」
「壊血病や脚気ですか?」
「まさにそれ。おそらく、新鮮な野菜や果物が尽きてしまったからね」
「ビタミン不足か……」
「え、ビタミン?」
壊血病や脚気に野菜や果物がいいのは経験的に知られている。
だけど、この世界ではビタミンの存在は認知されていないのだ。
「なんでもありません」
「とにかく、この瓶詰があれば船員たちが壊血病を起こさないで済むかもしれないわ」
「なるほど……。わかりました、瓶詰はエマさんに優先的に売りますよ。問題は三百個ものガラス瓶をどうやって調達するかですが」
この世界でガラス瓶は貴重なもので、流通量もすくないのだ。
今ある十個はサンババーノで買い占めてきたものだった。
「そういうことなら、瓶はこちらで用意するわ。その分だけ値引きはしてもらうけど。私たちはいいビジネスパートナーになれそうね」
エマさんは少し興奮しながら僕の手を握った。
なんだか忙しくなりそうな気がするけど、それは心地の良い興奮だった。
ガンダルシアで作った製品がよく売れ、人々の役に立つのなら、それは喜ばしいことだろう。
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